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105 自分のモノ:S

 寮生以外の蒼隼(そうしゅん)の生徒の訪問は、原則6時半まで。そのタイムリミットギリギリに、玲史を見送った。  寮の玄関で。じゃあ、また明日と別れる際。  玲史が言った。 『きみは、僕が守るよ』  やわらかい表情で。  明るい調子で。  険しい瞳で。  どういう意味だ?  いや。  どうして。どういうつもりで今?  さっき。部屋で。『もし、何かあったら……俺がお前を守る』と、俺が言ったからか。  同じ気持ちでいるのか。  なんとなく、か。  同じように、大切に思ってくれてるなら。ただそれだけなら嬉しいが……もし、同じように……玲史も、何か不安があるとか。嫌な予感がする……とか。  いや。  考え過ぎだろ。  何もないはずだろ。  少なくとも、俺には。  いや。  玲史にも、何もないはず。  清崇(きよたか)のことは大したことじゃないって言ってただろ。  嘘じゃないはず。  嘘はついてないはず。  何かあるなら、言ってくれるはず。  まがりなりにも恋人同士なんだ……から。  そうか?  俺は?  俺に何かあったら、玲史にちゃんと話すか?  助けを求めるか?  頼るか?  恋人だから?  迷惑をかけるとしても?  危ない目にあわせるとしても?  俺のせいで?  俺だけで済むなら?  玲史を……守れるなら?  自信がねぇ……。  クソッ!  いい加減にしろ。  何でこんな、底に向いてんだ。  悪いほうばっか考えてんだ。  臆するにも程があるだろ。  腹、減ってるからだ……飯食おう。 「やったんだな! おめっとさん!」  寮の食堂で(たすく)が声を上げた。  向かい合って飯を掻き込みながら。互いの近状報告というか。学祭はどうだったか、というか。そのあと、どうだったか……って話になり。  まずは、佑が先輩とのエロ報告を嬉々として。  俺も、玲史の家に行ったことを話した。詳細は省いて。端的に。  ほんの2時間前に寮の自室でやっちまったことは、もちろん言わず。 「で? 久々だろ? いつぶりだっけか? よかったか? 期待通り?」 「音量下げろ」  続けざまの佑の問いに。 「2年ぶりだ。よかった……が、内容は聞くな」  答えて。今日はもう、これ以上のエロ話はナシの方向へ。 「佑……」  代わりに。 「お前、シン先輩のこと……自分のモノだって、思ってるか?」  エロでもネガティブでもないことを、俺より恋愛歴の長い佑に聞いた。 「へ? あったりまえじゃん」  佑が笑う。 「思ってるっつうより、俺が決めてんの。あいつは俺のもん」 「……つき合ってるからか?」 「つき合ってるし。やってるし。俺、めちゃくちゃ好きだし。何があっても離さねぇし」  それでいい……なら、俺も思える……か?  玲史は、俺がそう思うならそうだって言ったが……そう思うには、足りない。  恋人って立場はある。  セックスしてる事実もある。  好きだって気持ちもある……俺のほうには。 「何? お前はそこまでの気持ち、ねぇの?」 「ある……と思う」  自信たっぷりにじゃないが、俺には。 「けど、玲史は……わからない」  恋愛感情で俺を好きかどうか。 「俺を自分のモノだとは言うが……」 「好きなんだろ。じゃなきゃ、自分のもんなんて言わねぇよ」  眉を寄せた。  逆じゃないのか?  好かれてるから、自分のモノだと思える。  身も心も差し出されてるから……。 「言えねぇじゃん?」  佑が続ける。 「お前の全部、引き受ける気がなきゃさ」 「そういうもんか……?」  腑に落ちそうで、落ちない。 「俺はそう。シンもそう。だから、俺は言ってもらえねぇの。『お前は俺のモノだ』って……いつか絶対言わせてやるぜ」  口角を上げて、強い眼差しで宣言する佑。 「まぁ、『好きだ』って言わせんのが先だけど」 「は?」 「やっとでオッケーもらってつき合って、なんとか説得してセックスして。ちゃんとうまくいってんだ」  驚く俺に、佑が言い訳するように説明する。 「ただ、俺のこと好きになったか聞いても……かも止まり。好きかもしれない、しか言わねぇの」 「……照れてるとかじゃないのか?」 「んー違う。恋だの愛だの、信じてねぇんだと」  佑が溜息をつく。 「シンにとっちゃ、恋愛はエゴと欲望を満たすための思い込み。俺がソレ、変えてみせるぜ。『好きかも』までいってるから、あと一歩か半分」  恋愛は思い込み、か。  それは多少あるだろうが、それだけじゃないはずだ。  信じないのは……淋しいよな。 「がんばれ。お前なら出来る」  ちょっとクサい、お決まりの励ましをマジで口にした。  佑のポジティブさには、いつも感心する。見倣うべきだろう。特に、ここ最近の俺のネガティブ思考をどうにかしたい今は。  まずは……思ってみるか。  玲史は、俺を好きだ。  つき合ってるし。  特別だと言ってるし。  やってる……のは、好きの理由にはならないか。  あとは、俺を自分のモノだと言ってるし。  だから、俺の全部を引き受ける気がある……。 「さっきの……自分のモノだから全部引き受けるってのは、心も身体もか?」  食器を片づけ。2杯目の茶に口をつけ、佑に尋ねる。 「そ。全部」 「……自分のモノって言い方は、何つーか……自分のだから好きにしていい、壊してもかまわないってイメージなんだが……」  言葉通り、物として見てるような。所有物。自由に出来る物。 「そっちじゃねぇよ。大切にすんの」  コップを撫でながら、佑が言う。 「自分のもんは、大切にすんじゃん? 壊れねぇように。傷つかねぇように。誰にも手出しされねぇように」 「……失くさないように、か」 「しっかり守る気がねぇと、言えねぇだろ?」  佑の言葉……腑に落ちた。  自分のモノ。  大切なモノ。  大切にしなけりゃ。守らなけりゃ、失くしちまうかもしれない。  失くしたくない……俺のモノ。  だから、俺が守る。 「紫道」  考え込んでた俺の目の前で、佑が手をひらひらと振る。 「お前さ、マジで高畑に落ちたんだな」 「ああ」  即答出来る。  自分の気持ちはもう、疑いようがない。 「おめっとさん」  やさしげな瞳で見つめられると、照れる。 「向こうも落ちたみたいだし、よかったじゃん」 「それはまだわからないが……」 「お前さ、もっと自信持てよ。てか、何か暗くね? 何が問題?」  数秒。心に居座る不安と頭から消えない嫌な予感を、佑に話したくなったが……。 「恋愛ってのが初めてで、いろいろ心配っつーか……つい、悪いほうに考えちまう」  やめた。  正体の見えない不安も予感も、口に出したらよけい強くなりそうで。リアルになっちまいそうで。 「いいほうに考えるコツ、教えてくれ」  今の俺に有用なのは、たぶんソレだ。 「コツ……んーじゃあ、コレ」  佑が悪い顔で微笑む。 「今度やる時のこと妄想してオナる」 「な……」  開いた口から、わざと深い息をつく。 「マジメに聞いてるんだぞ」 「こっちも。マジな助言だぜ」 「どこが……」 「人間、本能は気持ちいいほう選ぶっていうじゃん。身体が気持ちよくなりゃ、頭もつられて気持ちいいほうに気が向くだろ。試してみろって」  実際にポジティブな佑に反論出来ず。  まぁ、少しは……なるほどと思っちまったのもあり。 「わかった。ありがとな」  頷いた。  部屋に戻り。  勉強するも捗らず。  ベッドに入り。  目を閉じるも眠れず。  佑の助言に従って、オナった。  悪いほうからいいほうへ。思考が急転換するわけじゃないが、確かに……快楽は、負の感情や何やらを薄めてくれる。  今日だって。玲史とやってる間は、嫌な予感も鳴りを潜めてた。  いいほうに。  前向きに。  明日。  沢渡から、もっと情報を仕入れよう。  玲史に、言おう。  お前は俺のモノだ。  そう思ってるって、ちゃんと伝えなけりゃな。  悪いことなんか、起きやしない。  たとえ起きても、俺がいる。  ポジティブに考えながら、眠りについた。  朝。  変わらず感じる嫌な予感を気にしつつ、昨日と同じに少し早めに登校するも。今日も、玲史はまだ教室にいない。  そして。  始業のチャイムが鳴っても。1限の授業が始まっても、玲史は来なかった。

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