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107 誰も来ない:R
制服のシャツを白のロンTに、ブレザーを黒いパーカーに着替え。
8時16分。神野 の指定したカフェ、ラックに到着。
滅多にオールで遊ぶとかしないから、朝の飲食店の客入りがいいとは思ってなくて。60席くらいある店内が7割方埋まってるのは、意外だった……ていうより。神野がここを指定したのが、意外。
神野が話し合いを了承したのは建前で。
清崇 と僕を痛めつけるのが目的。
そう思ってるから。
こんな駅前の。こんな混んだカフェで。こんな午前中に会うとか、意外過ぎ。
暴力的になり得る会合なら。もっと人気のないとこで会うのがデフォじゃない?
この前の杉原救出の時は、開店前のバルだったし。今までの経験からいっても、さびれた倉庫とか。閉店放置のゲーセンとか飲み屋とかの溜まり場系。つまり。
叫び声泣き声怒鳴り声が人に聞こえないようなところ。
悪者やケンカ好きは、適切な場所をよく知ってて。神野もそういうとこのアテがあるのかと思ってた。
でもさ。
自分勝手な理屈で逆恨みするヤバいヤツだと思い込んでたけど、本当は健全な心の持ち主で。話せばわかり合える、案外いいヤツなんじゃ?……なんて。
そう思えるほど、僕自身がいいヤツじゃないし。場数踏み足りないアマチャンじゃないし。
紫道 じゃないけど、嫌な予感するもん。どっか、ヒリつく感じ?
だから、警戒は解かない。カフェの中でも外でも。
ここを指定したことに意味はあるのかないのか、ハッキリわかるまではね。
客は、ほとんどが大学生っぽい人や通勤前っぽい人。大半がひとりで。さすがに制服姿の高校生はいない。
清崇もいない。
神野は、顔がわからない……けど、いなそう。店内を見回しながら歩く僕に、視線を向けてくる男はいないから。博己 が一緒なら2人連れだろうし。
とりあえず。ホットコーヒーを買って、奥の空いてる4人席へ。入口が見える側に腰を下ろして、スマホを見る。
何の通知もない。
神野の指定時間は9時なんだから、まだ来てなくていいとして。
清崇は、8時半には着けるって僕のメッセに『俺も』って返したんだから。先に来ててもいいはずだけど……。
ネットニュースを適当に読みながら、待つ。
8時30分。
まだ来ない。
清崇にメッセを送る。
『ラックにいるよ』
『何かあった?』
返信は来ない。
既読もつかない。
8時40分。
まだ来ない。
嫌な感じ。
メッセは打たないで、待つ。
8時45分。
清崇が来ない理由を考える。
メッセを読めない理由も。
8時50分。
清崇は来ない。
神野たちも来ない。
8時55分。
待つ。
9時。
誰も来ない。
9時5分。
神野が来ない理由を考える。
9時10分。
誰も来ない。
おかしいじゃん!?
清崇が来なくても、神野が来なくても。誰かが来なきゃ、おかしい。
僕がここにいるのに。
僕がここにいて、待ってるのに。
9時15分。
待つのは、あと45分。
10時になったら動く。
清崇は8時半には来るはずだったけど、神野との待ち合わせは9時だったから。異変が起きたのは9時として、1時間後の10時がタイムリミット。
冷めきったコーヒーを飲み干して、溜息をついた。
清崇がここにいないのは、来れない状況にあるから。
来れなくしたのは99パー、神野だよね。だから、ヤツも来ない。
ここを待ち合わせに指定して、ここに来るとこをさらったのか。どっかで見張ってて、先に来たほうにしたのか。
始めから清崇をさらうつもりだったのか。清崇は家も知られてるだろうし、いつでも捕まえられたはずだけど……。
今、ここにいる僕にコンタクト取るのは簡単。なのに、誰も来ないのは……人手不足? なわけないか。
神野。博己。ほかに協力する友達がいれば、全然足りるはず。八代とかあのへん、喜んで手伝いそう。
焦らしてるのかな。生意気に。
忍耐力には自信あるから、まだまだヨユウ。
それでも、待つのは10時まで。
神野と今日待ち合わせるってなる前に、清崇と決めたことがあるから。
もし。僕が捕まって質になったら、清崇はすぐに指示された場所に行く。すぐに神野の言いなりになる。助けにならなくても。
大切な恋人のためなら何でもするってテイで。
僕のためって必死になって見せるのは、幸汰 を守るため。
もし。清崇が捕まったら。清崇を質にして僕を呼び出すには、僕にコンタクト取らなきゃならない……けど、僕の連絡先を神野は知らないはず。
だから、神野は清崇のスマホを使うしかない。
電話かメールか、アプリでメッセか。何で連絡するとしても、ロックの解除が必要。
そこで、清崇は抵抗する。
自分のせいで恋人を危険な目に合わせたくない。
この場に来させない。
絶対に教えない。
何をされても。
そう演出する。無意味でも。
今、清崇のスマホは指紋認証も顔認証も不可。パスワード入力でしかロック解除出来なくしてある。念のため、僕のも。
清崇を苦しめるために僕をいたぶるんじゃなく、僕もセットでターゲットなら……時間稼ぎする必要はナシ。意地でも口割らないとかして痛めつけられるのはムダ。
僕を守るのはポーズで、それが神野に伝わればいいだけ。1時間も要らない。
だから、待っても1時間。
連絡が来たら、僕も神野に従う。
大切な恋人のためってテイで。
紫道を守るため。
ここまでは抵抗する、ここまでは受け入れる。譲る。拒否る。妥協する。棄てる。いろんなラインを、お互いの大切なモノを守るために決めてある。
まぁ、想定外のコトは臨機応変でいくしかないけどね。
9時34分。
僕を迎えに、神野の仲間がここに来ないなら。8時半より前にさらわれて、9時より前に神野と向き合ってるだろう清崇のスマホから……連絡、もう来てもいい頃なんだけどなぁ。
あ!
紫道にメッセしとかなきゃじゃん!
何も聞いてないのに、僕が学校に来てなくて。
どうした?
何かあったか?
やっぱり何かよくないことが!?
とか考えて。悶々してるでしょ今、たぶん。
もうすぐ1限終わるし。そしたら、電話来るでしょ、きっと。
電話に出たら、いろいろ聞かれそうだし。本当のこと説明するのはナシだし。かといって……出ないと、延々電話し続けるでしょ、絶対。
早くメッセ……学校休む理由……何にしよ……。
父親が倒れて病院にっていうのが、ベタだけど無難かな。
事前にわかってないから急に休むしかないし。
病院にいるから電話とか控えるしかないし。
プラス。
学園の駅着く前に電車降りたとこ、沢渡に見られたじゃん?
ソレ、沢渡から紫道に伝われば……状況も合うし。
うん。そうしよう。
開きっぱのアプリ。清崇は未読のまま。
紫道とのメッセ画面にする前に、スマホが震えた。
神野……!?
違った。
電話じゃない。
メールでもない。
清崇からのメッセでもなく。
紫道からのメッセ……。
『隣の906』
え……?
何それ……。
意味わかんな……い。
あ。次の、き……た……。
『神野ってヤツからの伝言だ』
え……???
何で、紫道が……!?!?!?
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