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108 知らなくていい:R

 何で神野(じんの)からの伝言が紫道(しのみち)のメッセで!?  僕じゃなく紫道に、神野がコンタクト取ったの? 取れたの? どうやって!?  紫道から僕に……って。  僕と紫道の関係、バレてるの!?  そんなわけない。それなら、僕に対する質は清崇(きよたか)じゃなく紫道になるはず。  じゃあ、何で……?  脳を高速回転させて、一番あり得る答えを探す。  紫道のことはバレてない。  神野が紫道に伝言を頼むなんてあり得ない。  あるとすれば……。  沢渡だ。  神野と紫道を繋ぐラインはそこしかない。神野から八代。八代から沢渡。沢渡から紫道。紫道から僕。  今はそういうことにして、次。  この伝言。  紫道を通して僕に来たからには、もう……。  何かが起きてること、隠せない!  父親が倒れたとか病院とか。  何かの間違いで何もないとか。  ウソでしかないウソはつけない。  清崇のモメゴト処理につき合ってるだけで、大したことないとか。  苦しいウソもつけない……よね。  昨日、大丈夫って言った矢先に。  学校休んで行くほど緊急で。  紫道に連絡ナシで。  不安がってるのわかってて。  これじゃ、何言ったって。疑うだろうし心配するだろうし納得しないだろうし……。  何も言わないほうがいいんじゃない?  本当のこと言うのは、選択肢にないもん。  言ったら、よけい納得しないと思うし。  僕と清崇が守りたいモノ、守れなくなったら嫌だし。  それじゃ意味ないし。  うん。決めた。  メッセを見てすぐ、紫道に電話して事情を聞こうと開いてた通話画面を閉じる。  神野からの伝言ってやつをもう一度見て。アプリを閉じようとしたら、通話の着信画面に変わった。表示は紫道。  手のひらの上で震えるスマホを見つめる。  5秒。  10秒。  11、12……。  キャンセルをタップ。  また、スマホが震え出す。  キャンセルをタップ。  一呼吸置いて、着信。キャンセル。着信。キャンセル。着信。キャンセル。  紫道からの通知をオフにした。    ごめんね。  今は話せない。  聞かれても答えるつもりないから。  あとで、この件が片づいたら……。  何でもお願い聞いてあげるから。  電話に出ないのは何かあるからで。その何かを隠したいからだって、わかるはず。その何かは教えない。紫道には知らせない。知らなくていい。  けど、ガン無視はさすがにマズいかな。  だから。 『好きだよ』  恋愛感情かどうかは置いといて。  今言えるのはコレくらい。  ウソじゃなく。  少しでも、紫道の心配が減るように。  即座についた既読を見て、アプリを閉じた。  同時に、またバイブ。メッセ……今度は沢渡から。 『神野のメアドです』  続く英数字の羅列をコピー。口元が緩む。  よかった。  これで、必要なら直に神野とやり取り出来る。紫道を通して僕に伝言が来ることはなくなる……あれ? おかしくない?  さっきはビックリしてスルーしちゃったけど。  沢渡から僕に伝言でいいじゃん?  紫道経由にする必要ないのに、何で?  沢渡が、紫道にリークした?  だとすると、あの子……わかってくれてないの?  ヤバめの何かに紫道を巻き込みたくないってこと!  ううん。わかってるよね。わかってるけど、のっぴきならない事情があったのかも。善よりも悪よりも自分よりも西住(にしずみ)が最優先の子だし。  今は考えても仕方ないから。とにかく。この先は、沢渡にも紫道にも知られずに済むってことでヨシとして。  あまり使う機会のないメールを開き。神野のアドレスをペーストし、手を止める。  何て打つかな。 『隣の906』  この意味はもう、わかってる。  ここに向かう時、見えてたから。カフェ『ラック』の隣にあった、10階建てくらいの……シティホテル? ビジネスホテルよりコジャレた感じの。  そこの906号室に来いってことでしょ。  そこに、神野がいる。清崇も。博己(ひろき)もいるかな?  あと、ほかにも仲間がいるかもしれない。  不穏な会合をするには意外だと思ったカフェはただの通過ポイントで、話し合いの場はホテルの一室……って、それも意外。ラブホじゃなく、ちゃんとしたホテル。  何でわざわざ?  暴力的なことにそぐわないじゃん?  何かの罠?  メールの本文に一文字も打たないうちに、再び手元が震えた。  今度はメールの通知。 『隣の906』  同じ……。  コレだけ?  催促?  早く来いって?  あ……伝言じゃない、僕に直接メール。送信元アド、今コピペしたやつ。神野の!  向こうから来たってことは、沢渡が神野に僕のメアド教えたんだ。  やっぱりあの子、ちゃんとわかってくれてるみたい。安心。  じゃあ、返信。  メッセならまだしも。読んだかどうかもわからないメールでやりとりなんか、めんどいでしょ。まぁ、すぐ会うだろうけど。  メールの本文に、自分の電話番号だけ打って送信する。  とりあえず。ここ出てホテルに行って、906号室に行って。  あ……と、その前に。  紫道が神野にコンタクト取るとか、絶対ないようにしないと。  神野に、誰だお前?って聞かれたら……自分が僕の恋人だって言っちゃうでしょ、紫道は。それはノー。絶対ダメ。一番ダメ。  沢渡にメッセを送る。 『紫道に神野の連絡先教えないで絶対!』 『きみは僕の味方でしょ?』  オッケー。  さて、と。  今から暫くの間。恋人の清崇を助けに行く恋人役になりきらなきゃ。  気持ちを切り替えて、カフェを後にした。    ホテルのエントランスを通過。電話の着信。登録したばかりの神野の名を見て、通話をタップする。 「高畑玲史だな?」 「そうだよ」  威圧的な低い声に答える。 「どこにいる?」 「今ホテルに入ったところ」 「ひとりか?」 「もちろん。そっちは?」 「俺と清崇、ほかに2人……今はな」  今は、ね。  2人のうち、ひとりは博己だとして。すでにひとり、よけいなのがいる。2対2じゃないなら、博己を質に取る手は使えないか。  想定内だけど、残念。 「清崇は無事?」 「自分の目で確かめたらどうだ?」  乾いた笑いを含むセリフで通話が切れた。  906号室はトラップで、神野と清崇は別の場所にいる……その可能性はなさそう。  よく考えたら、ホテルに向かう僕を捕まえてどっかに連れてくとか。部屋に僕だけ監禁とか。何のメリットもない。  清崇と僕を互いの質にして言うこと聞かせたり、いたぶって苦痛を与えたいなら……同じところで。目の前で。見せて聞かせるのが、一番効果的だもんね。  ロビー前のラウンジには割と人がいて。目立つことなく、エレベーターホールへ。そして、9階へ。  絨毯張の廊下。ドアの間隔。エレベーターの中で見た館内マップ通り、この階の部屋はバカみたいに広い……スイートってやつじゃん。  神野の目的が復讐なら。こんなとこ、似合わな過ぎる。ほかの目的があるのかも……。  恐怖はないけど。警戒レベルを少し上げ、906号室のドアチャイムを鳴らした。

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