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109 何を?:R
906号室のドアが開き。僕を迎え入れたのは、黒髪短髪の男。身構えてるわけじゃないし、何の武器も手にしてないけど。隙がない視線と距離の取り方で、ケンカ慣れしてるのがわかる。
「荷物はここに置いていけ」
黒髪の第一声。
この男は神野 じゃない。電話の声と違う。
「文房具とか制服しか入ってないよ。学校行くとこだったから」
意見してみるも。
「なら、必要ないだろう」
ごもっともな返答。
「まぁね」
バッグを床に置いた。
「先に行け」
僕の通るスペースを空けるように、男が壁に寄る。その横顔を近くで見て、思い出した。
学祭で見た……沢渡 の中学の先輩、3人のうちのひとりだ。茶髪のヤツが八代で、あと黄色い髪の男がいたっけ。
この男が今ここにいるなら、僕のことを沢渡から探ってた八代も来るかもね。黄色いのも。
そして。
もし、コイツらが絡んでくるとなると。
話し合いで収まる確率大幅ダウン……!
じゃない?
学祭中とはいえ、よその高校の教室で。変態入ってるけど、幼気な後輩にフェラさせようとして。その後は輪姦、精液便所コースにするつもりだったお方たち。
モラルも常識も欠けてるクソ虫を仲間にしてる神野に、過剰な期待しちゃダメだよね。
あーどうしようかなぁ。
ここまで来たら、どうするもこうするもなく。
黒髪にぴったり後ろに張りつかれながら。ドアから少し歩いて曲がり、壁に遮られて見えなかった部屋の中へ……って。
広っ!
さすがスイート。
ムダに広い。広過ぎ。本来は優雅に贅沢に過ごすためなんだろうけど。
神野は、この空間……何に使うつもりなんだろ?
ダイニンングのテーブルに、イスは6脚。
その向こうのL字型ソファは、10人は楽に座れるサイズ。ところどころにアームチェアも3脚あって。そのひとつに腰を下ろして窓に目をやってた男が、こっちを向いた。
「お前が……」
それだけ言って、僕をまじまじと見つめる男。耳まであるやわらかそうな黒髪を真ん中で分けて、黒縁メガネをかけてる。マジメな優等生タイプのこの男が神野……。
友達がフラれたからって逆恨みで復讐を考える外道には、とても見えない。人は見かけによらないの、十分知ってるけどさ。
「麻井 清崇 を抱いてる男か」
神野が鼻先で笑う。
「写真で見ちゃいたが、実物はもっと……意外だな。男に抱かれるほうが似合うナリして、コイツをネコにするとは」
意外なのは、そっちもじゃん?
思いつつ。神野が顎で示すほうを見ると、清崇がいた。ソファの端っこで、膝に腕をのせてうなだれてる。
拘束はされてない。暴力を振るわれた感じもしない。
なのに、僕の登場に顔も声も上げない。
「お前がタチってのは博己 をフるためのウソで、実際は逆じゃないのか?」
「ない。僕はタチ専門だから」
大して疑ってないっぽいのに、何を確認したいんだろ。
「僕とやって目覚めただけで、ネコが性に合ってるの。ね、清崇?」
呼びかけると。今はじめて気づいたように、清崇が顔を上げた。
「玲史……ごめん。駅出てすぐ捕まっちまった」
申し訳なさげに謝る清崇。
でも。
このくらいは想定内。ホテルのスイートにご招待なのは予想外だけど、あからさまに質に取られてるわけじゃないし。まだ、最悪の事態には程遠いし。
ただ……すごく、何かツラそう?
「いいよ。無事なら」
恋人モードで微笑んで。
「何もされてない?」
「……ねぇけど」
「けど?」
尋ねるも。
「何言われたの?」
清崇が押し黙る。
そんな言いにくいこと?
脅し?
交換条件?
神野を見る。
「話し合いに来たんだから、僕にも話して」
「そうだな」
頷いて、神野が清崇の斜め前のソファへと移動する。
それに倣い。恋人らしく、清崇の隣に腰を落ち着けて。あらためて神野と向き合う。
「『清崇以外は誰でも同じ』。お前もそう思うか?」
唐突な問いに。
「うん。恋人だけが特別でしょ」
当然のように答える。
本当のところ、恋人は清崇じゃなく紫道 で。特別なのは紫道で。ほかは誰でも同じとは思わないけど。
「コイツにフラれたら。『清崇にとって自分は用無しだから、どうなってもかまわない』と思うか?」
次の問いに。
「想像したくないけど……そう思うくらい、オチるかも」
少し考えてから、答える。
本当のところ。フラれることでダメージを食らうっていうのが、よくわからない。恋愛経験ないし。誘って断られても、別にだし。
人のために生きてるわけじゃないのに、用なしとか。自分にノーメリットなのに、どうなってもかまわないってリスク負うとか。全然思えない。
でもコレ。
博己のことでしょ。
僕に共感してほしいんでしょ、神野は。
否定したら……ムカつくでしょ、きっと。
だから。
こっちから不穏な流れつくるのは、避けなきゃね。
博己と同じくらい清崇を好きだって思わせるほうがいい。
僕と清崇だけでこの件を終わらせるために。
出来るだけ早く。
出来るだけ穏便に。
出来るだけ、被害は少なく。
絶対に、紫道と幸汰 の存在は知られないように。
「そう思ってヤケになって。自分を軽く扱うヤツは、バカだろう」
「……そうだね」
これは同意。
「結果、どんな目に遭おうが……ぶっ壊れようが、そいつの責任だ」
「……そうだね」
これも同意。
「フったコイツに非はない」
「……そうだね」
その通り。
なんだ。わかってるじゃん。
清崇を責めるのは、言いがかり。八つ当たり。責任転嫁。
わかってる上で……何?
「コイツ……清崇に、ダチの博己がフラれた。聞いてるよな?」
核心に近づいてなお、神野の口調は静かだ。
「うん」
「それからの博己がどうなったか、想像つくか?」
誰でも同じ。
どうなってもいい。
簡単に想像出来る。
僕の口から言わせたいんだよね。
「ナンパしまくり、されまくりで……誰とでもやるようになった?」
「……そうだ。誘われれば抱かれる。抱くほうも何度かあったらしい。自分からってのは……ないはずだ」
そう言った神野の眉間に深い皺。苦しげな表情。
「一時的なもんで、すぐに落ち着くだろうと……俺には止められなかった」
「止めたかったの?」
「当然だろう!? あいつは大事な……ダチだ」
僕の問いに、神野が声を荒げた。
あーもしかして、この男……博己を好きなのかな?
友達としてだけじゃなく。セックスしたい好き? 守りたい好き? 恋してる好き? 愛のチカラ発動出来る好き? 幻でも信じる好き?
僕には、恋愛って不可解だけど。
他人のそういうのって、わりと気づくの。そういう目で見てるとか。そういう気持ちがあるとか。
まぁ、実のとこは。
やりたいだけ。
盛ってるだけ。
自分に酔ってるだけ。
自分自身が好きなだけ。
バカなことする理由。言い訳。免罪符。
ずっとそう思ってた。
今もそう思ってるけど。
幻だと思ってるけど。
最近は、幻を見るのも悪くないかも……って、ちょっぴり思う時がある。
「そのダチが、壊れちまった」
神野が声のトーンを落とす。
「タチの悪いのにあたって監禁されて、ひどい目に遭わされた。4日目に助け出した時にはもう……おかしくなっちまっててな」
災難だったね。
口には出さず。僕を見つめる神野の瞳を、無言で見つめ返す。
「なんとか、食う寝るはさせてる。こっちの言うことも聞こえちゃいるが、ほとんど無反応だ。唯一反応するのが…」
チラリと清崇を見遣り、神野が続ける。
「『清崇』だ」
沈黙に、清崇の溜息がひとつ。
「それで? 博己に清崇を会わせたいの? 慰めてほしいとか?」
肯定を期待せず、尋ねる。
そんなコトで済むなら。
すでに話を聞いてるだろう清崇が、こんなにオチてないはず。博己の状態に胸が痛んでツラくても、もっと前向きな様子のはず。
目の前で淡々と喋る神野の瞳が、冷たい怒りに燃えてはいないはず。
「いや。会うんじゃく、見せる」
「何を?」
「……お前らが苦しんでボロボロになるところを、だ」
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