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110 コレが目的で来たんだもん:R

 何ソレ。  バカバカしくて、笑っちゃった。  だってさ。  清崇(きよたか)と僕が苦しむとこ見て満足するの、この男じゃん? 神野(じんの)だけじゃん?  もし、ソレ見て博己(ひろき)も満足するなら……ハッキリ復讐心からじゃん? 八つ当たりの。  そういう感情のある人間は、おかしくなってるっていえないでしょ。 「何が面白い?」  聞かれて。 「ソレ、博己が喜ぶと思ってるの?」  聞き返す。 「僕たちがボロボロになれば、イーブン? スッキリする? 恨みが晴れる?」  無言の神野に続ける。 「だとしたら、博己は壊れてないよね。仕返ししたいとか、同じ目に遭わせたいとか思えるなら」 「玲史……」  清崇が口を挟む。 「違うんだ」 「……博己が喜ぶとは思ってない」  静かに、神野が答える。 「いくら話しかけてもろくに反応しないあいつに、清崇が憎いかって聞くと……思いっきり首を横に振った」  へぇ……逆恨み、してるわけじゃないんだ。 「まだ好きなのかって聞くと、思いっきり首を縦に振った」  完全にフラれたのに? 「あんな男忘れろと言ったら、連れ戻してから初めて口をきいた」  神野が溜息をつき。 「『清崇が待ってるから、早く行かなきゃ』。ビビるほどの笑顔でだ」  抑揚なく言った博己のセリフは、ちょっとヤバめ。 「そのあと、いきなり部屋から出ようとするのを止めたら……狂ったみたいに叫び出して暴れて、手がつけられなくなった」  行動もヤバめ、か。 「暫くは、つきっきりだった。ナイフは取り上げたが、窓から飛び降りられちゃたまらない。まともじゃない状態で、繁華街やホテルらへんウロつかれるのもな」 「……どうやっておとなしくさせたの?」  僕の問いに、神野が顎で清崇を指す。 「コイツの名前出せば、驚くほど言うこときくようになった。清崇がちゃんと食えと言ってたぞ。ちゃんと寝ろと言ってたぞ」 「え……」 「清崇が自分を傷つけるなと言ってたぞ。清崇がもうすぐ会えると言ってたぞ。もう少し待ってろ」 「それって……けっこうヤバいんじゃない?」  演技じゃなく、マジで博己がおかしくなっちゃってるとして。普通に考えて。  騙してるんでしょ?  博己のほしいモノ、あげるフリして。  あげられないのに。  期待させて。  現実逃避させたままにして。  どうするつもりなんだろ……?  ヒトゴトだけど。  理不尽な報復のターゲットにされてる身だけど。  心配しちゃう……なんて、僕らしくないなぁ。  まぁ、そもそも。今ここにいるのが、少し前の僕ならあり得ない。  誰かのために。  大切なモノのために。  リスク承知で。  ある程度のダメージ覚悟で。  自分の身を厭わず?  自分を犠牲に……ってわけじゃないか。  目的のために己を捧げるってほど、キレイな心は持ってないし。別に、身体が傷つくのは大した損失じゃないし。  ただ。ここまでしてもいいかなってモノが、今までなかっただけ。  でも。  仕方ないよね。  守りたいって、思っちゃったんだもん。 「ああ、わかってる。ウソ吐くのもそろそろ限界だしな。清崇の存在に頼るのも……」  眉を寄せた神野が目を閉じて、開く。 「今日で終いだ」  ゾッとするくらい冷えた声。 「博己は壊れちまってるが、正気に戻る可能性はまだ残ってる」 「……僕たちを痛めつけるとこ見せたら、逆効果じゃない?」  相手が何考えてるかわからない時は、感情より理論で話す。 「自分がされたひどいこと思い出して。きみのウソもバレて。裏切られたと思って、よけい……」 「それも十分わかってる」  僕を遮り。 「だから、お前らに選択肢をやろう」  神野が口元にだけ笑みを作る。 「ひとつは、お前らがボロボロになって苦しんでるところを博己に見せる。あいつにはキツいだろうが、そっちを選んだのが清崇なら……納得はする」 「何で……もうひとつは?」 「俺のウソ通り……」  隣で、深く息を吸う音が聞こえた。 「清崇に会わせる」 「え?」  さっき。僕が会わせるのって聞いたら、否定したのに……。 「慰めさせるためじゃない。あいつの望むことをしてもらう。前と同じように、お前と寝る前のようにだ」 「え……それって、清崇に……」  博己を抱かせるってこと!? 「今のあいつは……コイツにフラれたのもそのあとのひどい記憶も、自己防衛本能でなかったことにしてる。それを現実にしてやればいい」 「何言ってるの? そんなことしたら……」 「コイツが抱けば、博己は正気に戻るだろう」  横を見る。  僕を見つめる清崇と目が合う。  清崇がツラそうな理由がわかった。  今の、僕が来る前に聞いてたから……だから? 悩んでた?  博己の現実逃避につき合うかどうか?  つき合ってもし、抱いたら……チェックメイトってやつ。  もう、逃れられない。  この場はソレで済んでも、オシマイには出来ない。  あとでもう一度、博己をフるとか……無理でしょ。清崇には。  そのせいで、今度こそ完全に博己が壊れたら。  失恋で壊れるのは本人の自己責任でも、コレは……清崇のせいになる。  自分の意志で人を壊して平気でいられる非道さは、ないもんね。 「清崇。高畑と別れて博己とつき合う気があるなら、こっちを選べ。恋人とは呼べなくなるが、大事な男をノーダメージで帰せるぞ。あるいは……」  神野の声が、少し熱を帯びる。 「今日あいつを抱いて明日からまた知らん顔出来るなら、そうしろ」 「玲史。俺……」  口を開くも先が続かない清崇に頷いて、神野に視線を移す。 「いくつか確認させて」 「何だ?」   「明日からまた知らん顔して、博己が完全にブッ壊れた場合。僕たちに報復する?」 「当然だろう。再起不能にしてやる」 「な……!」 「いいから」  清崇を制し。 「次。清崇と博己がつき合うってなったら、きみは嬉しい?」  一瞬、神野の瞳が暗くなった。 「胸糞悪いが、あいつをこれ以上傷つけずに正気にする方法がほかに……ないからな」 「次。僕たちをボロボロにって、具体的に何する予定?」 「……だいたいの予想はついてるんじゃないのか?」 「うーん……殴る蹴る系はすぐ終わっちゃうから、輪姦かな。ただの暴力より効くでしょ。精神的ダメージ大きいし」  レイプするようなクズがお仲間なら、楽しむ気満々だろうし。  まぁ……博己の前で、きみが清崇や僕を犯せるかは疑問だけどね。  平然と聞く僕を訝しげに見つめ、神野が唇の端を上げる。 「わかってるなら、話が早い」  否定しないんだ。  いろいろ腹決めてるってことか。 「あと。どっちも選ばないでここから逃げたら、どうするの?」 「何度でも捕まえてやるが……逃げられると思うのか?」  神野が、入ってきたドアに向かう廊下みたいなスペースを見やる。  僕を出迎えた黒髪の男がそこにいるのは知ってる。そこからしか外に出られないのも。その男が、簡単に僕たちを通さないだろうことも。学祭のときは影薄くて気づかなかったけど、面倒な部類。僕ひとりじゃなく清崇もいるし。 「無理そうかな」 「……なら、そろそろ選んでもらおうか」 「最後に」  一番重要なこと。 「清崇と僕がボロボロになって苦しんだら、終わる?」  コレが目的で来たんだもん。 「キッパリ縁切れる? 僕たちに二度と関わらない?」 「……終わらない、と言ったら?」 「わかってるでしょ」  神野を見つめる目に殺気を込める。 「今度はこっちが狩るよ。きみの大切な博己を再起不能にしてあげる」  クズ相手に自分もクズになるのは、抵抗ないから。  だいたいさ。  ほんとは、おとなしくやられるつもりなんかないの。  この場をどうにか回避する道、まだあるから。  きみを質に取るのは出来そうだし。  博己が出てくれば、彼を質に取るのはもっと簡単そうだし。  それでも。  百歩も千歩も譲るのは、守りたいから。どうしても。何があっても。何しても。 「わかった。そっちを選んだ場合は、今日で終わりだ。お前らには金輪際関わらない」  負の感情を隠さない声で、神野が言う。 「2人で相談するといい。恋人同士でいるために自分と相手を(にえ)にするか、相手を守るために別れるか。秤にかけて……選べ」  あーあ……気が重いっていうか面倒っていうか。マジで気乗りゼロだけど。  今さら。  清崇に聞くまでもない、よね。

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