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111 ふざけんな!:S

 いつもの何倍もの長さに感じた1限の授業がやっと終わり。ポケットからスマホを取り出しながら、教室を飛び出した。  授業中の携帯端末の使用禁止に反すると、没収されて放課後までスマホが使えなくなる。普段なら別に問題はないが……玲史が来てない今日は、そうなるわけにはいかない。  だから。我慢した。  トイレにでも行って電話しようかと思ったが、玲史と行き違いになる可能性もゼロじゃない。俺が普通にしてりゃ……いいほうに考えてりゃ、玲史も普通に遅刻して来るかもしれない……なんて。  そんな期待は外れだ。わかってる。  この1時間にあった通知を今、確認……。  は……!?  階段の手前で足を止めた。  10分前に届いた、未登録のアドレスからのメール。 『隣の906』 『神野』  何……だ、こりゃ……?  推測出来るまでに3秒。  確信するのに1秒。  玲史へのメッセージ、か……!  神野ってのは、八代のダチか何かか!?  誰だろうと。  コレは玲史に来たメールで、俺あてじゃない。  玲史に伝わらなけりゃならない、玲史に伝えるべきメッセージで。そうする約束で、沢渡(さわたり)に玲史の連絡先として俺のを教えさせた。  そうしたのは、何が起きてるのか知るためで。  何かが起きても、玲史は……俺に内緒で動くかもしれないと思ったからで。  それは、たぶん……いや。もう、きっと……絶対で……今、何かは起きてるはずで……。  だから、玲史は今ここにいない。  なのに……クソッ!  コレの意味が全くわからねぇ!  これじゃ、俺を通した意味がねぇ……けど、玲史に伝えなけりゃ。伝えねぇと……どうなる? どうする? もっと具体的なメッセージが来るの待つか?  いや。  そのせいで玲史がマズい状況になるってことも……。 「川北さん」  頭ん中でぐるぐる考えてるところに声をかけられ。我に返って顔を上げると、目の前に沢渡がいた。すぐに、西住(にしずみ)も到着。 「ちょうどよかった。神野ってお前の先輩か?」  どうするか決める前に、聞いた。  何が起きてるとしても。何が起きるとしても。玲史にコンタクト取ってきた神野ってのがどこの誰か、知れるなら知っておきたい。  学祭で八代と一緒にいた2人のどっちかっていう可能性は低いが、違うなら違うで。沢渡に八代の連絡先聞いて、ヤツから情報を……。 「高畑さんに連絡が来たんですか?」  俺をじっと見て、沢渡が尋ねる。 「ああ。神野ってヤツからだ」 「高畑さんに伝えたんですか?」 「いや、まだ……」 「連絡来たら、そのまま伝えるってことでしたよね。変えずに。必ず」 「……さっきメール見て、その……」 「今すぐ高畑さんに伝えてください」  これまでになく圧のある沢渡の雰囲気に驚きつつ。 「沢渡。少し……」 「伝えてください」  待ってくれと言おうとするも、遮られ。 「そのあとで、八代先輩に高畑さんの連絡先教えます。前のは間違いで、違う人のだったって」 「は……?」 「高畑さんのためです。あなたを通してたら、時間のロスになるし……いずれバレます。俺、やっぱり……高畑さんを裏切れません」 「そりゃ、どういう……」 「そして、俺から高畑さんにその人のメアド教えます」 「は!? 何で……」 「高畑さんからその人……神野に連絡出来ないと、困るかもしれないし。あなたが教えるより不自然じゃないし」 「でも、すでに不自然だろ。神野の伝言、川北さんが伝えるってのがさ」  割って入る西住の言うことが、頭に入って来ねぇ。てか、理解が追いつかねぇ。 「神野のメールを見せてくれるなら、俺が高畑さんに伝えます」  言って、沢渡が俺を待つ。  何がどうなってるか、わからねぇ……が。今すぐ決めて動かなけりゃ、玲史が……。  だから。  神野からのメッセージは伝える。  沢渡が教えるほうが自然だが、俺が伝える。不自然でも……つうか。  不自然なほうがいい。 「今、玲史に送る」  アプリを開き、メールにあった通りに文字を打つ。 『隣の906』  コピペするまでもない文面。  メッセージ送信をタップ。  続けて。 『神野ってヤツからの伝言だ』  必要なことを。  送信。  これで、玲史は気づくだろう。  何かあったのを、俺は知ってる。  神野。  メッセージ。  何もないフリは、俺に通じない。  もう、ウソはつけない。  ちゃんと言えっつったのに、言わねぇで……内緒にして、何かやろうとしてる。  それはバレたぞ。  玲史……言ってくれ。話してくれ。  まだ間に合うはずだ。  遅くないはずだ。  俺を頼ってくれ!  俺に出来ること、あるはずだろ?  お前は俺が守る。  俺はお前の……恋人だろ!?  祈るような気持ちで、玲史がすぐに電話してくのを期待するも。スマホは震えず。 「あの……川北さん。場所、移動しませんか? チャイム鳴る前にどこか……」  西住の提案に、眉を寄せた。  移動なんぞしてるヒマあるか。  チャイム? 何のチャイムだ? 待ってるのは玲史からの……。  頭を振る。  今は休み時間で。ここは学校で。もうすぐ次の授業で。廊下に突っ立ってるわけにはいかない。授業を受けてる場合でもない。 「あ! うちの教室! 2限は選択だから空いてます」 「そうだな……」  選択授業で両隣のクラスも空くならちょうどいいか……いや。そこより。 「待て」  背を向けて歩き出してた西住と沢渡を止める。 「風紀本部のほうがいい」  次期委員長の俺は鍵を持ってる。  玲史と連絡が取れるまで、玲史の無事がわかるまで。授業どころじゃない。  どれだけ時間がかかるかわからない。  邪魔されず、長く使える場所がいい。 「わかりました」  西住が頷いたのを見て、階段を駆け上がる。後ろに2人の足音が続く。  第二校舎へと繋がる、各教科の準備室の並ぶ廊下を急ぐ。  すれ違う教師に走るなと怒鳴られたが、気にしちゃいられねぇ。  すみませんって言う西住の声が聞こえる。  風紀本部に到着。  鍵を開けて中に入り、部屋の中央で足を止め。すぐさまスマホの通話をタップする。  もう待てねぇ。  早く出ろ……玲史……!  何回聞いたか数えちゃいない呼び出し音が止んだ。  応答なしの表示。  キャンセルした、のか……?  もう一度。通話をタップ。  呼び出し音4回で、キャンセルされた。  息を吸って、ゆっくり吐く。  通話をタップ。  呼び出し音を聞いたのは1回。  応答なし。  通話をタップ。  呼び出し音1回。  応答なし。  通話をタップ。  呼び出し音1回。  応答なし。  通話をタップ。  ひとしきり鳴り続けた呼び出し音が、止んだ。  応答なしの表示。  ふざけんな!  何で電話に出ねぇんだ!?  キャンセルは出来るんだろ!? してただろ!?  もう、キャンセルもしねぇのか!? 「クソッ!」 「……高畑さん、電話繋がらないんですか?」  遠慮がちに聞く西住に答えず。  通話をタップ。  1分くらい続いた呼び出し音が止む。  応答なしの表示。  通話をタップ。  呼び出し音。  応答なしの表示……。 「川北さん。八代先輩に、高畑さんの連絡先を教えました。俺に神野のアドレス送ってください」  ずっと無言だった沢渡が言った。 「は……!?」 「高畑さんのためです」  キッパリと言い切る沢渡に、反論する気になれず……てか、マジで頭が回らない。  玲史に何も話してもらえず。  電話も拒否られて。  頭にきてる。  そうだ。  玲史。  俺は怒ってるぞ。  お前に……俺自身に。  俺に出来ること、何もねぇのか!? 「川北さん。早く」  沢渡に急かされて。  神野のアドレスを沢渡に送った。  玲史のために俺が出来ること、これだけか。こんなもんしかねぇのか……。  近くのイスに座り込んだ。  気が抜けたんじゃない。  諦めたわけじゃない。  諦めるわけ、ねぇだろ。  ただ、ちょっと……俺のどっか、真ん中らへんが……キリキリするっつうか……。  握ったままのスマホに通知のバイブ。  玲史からの、メッセージ。 『好きだよ』  何だ、ソレ……クソッ!  ふざけん……じゃねぇ、ぞ……!

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