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112 お前の全てを守れなくても:S

 玲史のメッセージを見つめたまま、何秒経ったのか。  画面の文字が歪んで見えて、ギョッとする。  こんなんで、目が熱くなるとか……あり得ねぇ。  何弱気になってやがる。  そんな繊細でも脆くもねぇだろ俺……!  シャンとしやがれ!  おとなしく待ってるつもりがねぇなら、考えろ……。 「あの、大丈夫ですか?」  西住(にしずみ)の声に、天井に向けた視線を下げて瞬いた。 「何か悪いメッセが……?」 「……いや。大丈夫だ」  俺自身には何も起きてないってのに、後輩に心配かけてるようじゃ……って。それ以前に。後輩に授業サボらせて、私的に風紀本部使って……。  何やってんだ!?  いくらテンパってるからって、マズいだろ。  先輩として。  風紀委員長として。 「あ……西住。沢渡(さわたり)。つき合わせて悪かった」  立ち上がり、頭を下げた。 「玲史のことは俺がどうにかする」  俺が守る。  そう言ったはいいが、口だけで……何も出来ちゃいない。何が起きてるのかも、知っちゃいない。蚊帳の外だ。  それでも。  出来ることがないなんて、思わない。  あると思って動く。  少なくとも。  必ず『そこ』に辿り着いてやる。必ずだ。  俺に内緒にする意味はきっと、あるんだろう。話せない理由もきっと、あるんだろう。  けどな。  んなもん、知ったことか!  ここでただジッとしてるなんぞ、頼まれてもごめんだ。  そこがどこでも。  何がどうなっていようと。  そこに行く。  玲史。たとえ、お前の全てを守れなくても。お前のどこかを、何かを……俺は守れる。そう信じてもいいだろ? 「だから、お前たちはこれ以上……」 「何かあったんなら、手伝います!」  西住が勢いよく言う。 「学祭の時、沢渡を助けてくれました。川北さんがいなかったら、どうなってたか……」  濁された言葉の続きはわかる。  あのタイミングであの場に行けてよかった。でなけりゃ、沢渡はクズ3人にひどいことをされてただろう。 「感謝してます。高畑さんにもです。あの人がいたから今の俺たちがあるわけだし。恩返しっていうか、役に立ちたいです」 「その気持ちは嬉しいが……」 「この件には沢渡の先輩が絡んでます。その八代から、神野ってヤツに高畑さんの面が割れたのは……俺が応援を頼んだせいです」 「いや、それは違うぞ」  ここは否定する。 「アイツらは学祭に来てたんだ。ほかのところでも玲史を見かけてたかもしれない」 「でも……」 「神野が玲史を探ってたのは、写真の男が原因だ。八代からじゃなくても、どっかから玲史のことは割れる。だから、お前たちのせいじゃない」  清崇(きよたか)と一緒にいる玲史を見た人間は、ほかにもいるはず。その中に、玲史を知ってる人間がいてもおかしくない。制服着てりゃ、うちの学園だってのもわかる。 「そのことは気にするな」 「わかりました。でも、手伝わせてください」  俺の言葉に頷くも、西住がオファーする。 「俺もだけど、沢渡が……すごく乗り気っていうか。朝から、高畑さんのこと気にしてて。1限終わってすぐ、川北さんとこ行かなきゃって」  西住が目をやると、沢渡がスマホから視線を上げた。 「あの人は、俺の世界を変えた人だから」  唐突な言葉とともに、沢渡が唇の端を上げる。 「俺はあの人の味方です。そして、あの人の好きな人であるあなたの力にも、なれるならなります」  好きな人……か。  玲史の『好き』は、どういう……。  いや、そこよりも。  朝から気にして?  俺のとこ……玲史のとこじゃなく……。 「何か知ってるのか? お前……」  いくらかクリアになってきた頭で、さっきの沢渡の様子を思い出す。 「玲史のため……つってたよな。やけにキッパリっつうか、自信たっぷりに」 「はい。自信あります」  また、圧のある沢渡が言う。 「だって、同じなんですよ。俺と高畑さん」 「何がだ?」 「好きな人を守る方法」 「は……?」  な……んだそりゃ?  好きな人ってのが、とりあえず……俺だとしても。  沢渡が西住を守るのと同じ?  何よりも、西住が最優先で。自分より大切で。守るためなら、どんなことも厭わない……ように見える。  同じ……玲史が!? 「あの学祭の時、俺のしたことを西住が知ったら……死ぬほど傷つけると思った。西住を傷つけずに済むなら、俺はどうなろうと平気なんです」  そう……だったな。  西住をオカズにオナってたのを見られて、それを知られないために……ヤツらの言いなりになるつもりで。それは、コイツにとって大したことじゃなく……って。  その辺りの感覚は、ズレてるだろ。やっぱり。 「俺はそんなんで傷つかないし。実際にやられてたら、沢渡が平気とは思えないし。平気じゃないのが普通なんだって、前にも言ったんですけど」  西住が肩を竦める。 「高畑さんも同じだからって、聞かなくて」 「川北さん。俺は、あの人が何をしようとしてるのか知らない。だけど、あなたを巻き込みたくないっていうのはわかるから」  沢渡が俺を見据える。 「あなたがあの人の恋人だってこと、絶対にバレないようにしてください。これを言いに来たんです」 「何で……」 「好きな人の存在は弱みだから。知られなければ、そこにつけ込まれなくて済みます」 「俺が玲史の弱み……」  なり得るのか?  俺が?  沢渡にとっての西住と同じレベルで……とは、とても思えないが。俺が、玲史の……弱点に?  そこまで、俺を……? 「約束してくれるなら、俺の知ってることを教えます」  ズレてた目の焦点を沢渡に合わせ、視線に力を込める。 「早く言え」 「約束してください」 「沢渡……」 「神野にあなたのことがバレる可能性がある限り、何も話さない」  沢渡は目を逸らさない。  強い瞳だ。  学園の時とは違う。昨日とも違う。  何かあったのか。  西住を見やる。 「沢渡の言う通りにしてください。高畑さんが危険な目にあってるなら、助けたい。俺たちも同じ気持ちです」  玲史…。  大きく息を吐き。 「わかった。約束する」  頷いた。 「話してくれ。玲史を探す」

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