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116 本当に謎:R

『10分やる』  そう言って、神野(じんの)はベッドルームに続くらしきドアの向こうに消えた。  お仲間の黒髪は動かず。広いリビングスペースの手前、ダイニングコーナーの端らへんに立ったまま。部屋から逃げ出そうとすれば阻止するだろうけど、こっちに近づいては来なそう。  小声で話せば、僕たちの会話は黒髪に聞こえないはず。  ここに盗聴器は仕掛けられてない……神野が別室で盗み聞きしてるってことはないはず。そうするメリットがあるとは思ってないはず。  でも。  素で喋るのはやめておこう。  この部屋に入った時から、僕と清崇(きよたか)は恋人同士を演じてる。演じるならカンペキに。ウッカリはナシ。休憩もナシ。  清崇も同意見らしく。 「お前と別れんのは無理だ」  僕に向ける瞳は真剣だ。 「絶対に別れねぇぞ」  僕じゃなく、幸汰(こうた)への言葉。 「うん。きみは僕のモノ……」  清崇じゃなく、紫道(しのみち)への言葉。 「だから、決まってるよね」 「……博己(ひろき)は抱かねぇ」  相談終わり。  始めから。ここに来る前から。この選択を迫られる前から決めてある大前提は変わらない。  相談するまでもなく、こっち。  理不尽に別れて、自分と相手を守る?  ソレは選ばない。  別れない。で、理不尽に強姦される?  ソレを選んだように見えるけど。  恋人と別れない。  恋人を守る。  僕たちが選んだのは両方。  僕と清崇がやられても、お互いの本当の恋人は守れる。ソレが大事。ソレでオッケー。  だって、守れないのは自分たちの貞操だけじゃん?  理不尽過ぎてマジでムカつくけど、優先順位的に後回しになるし。そんなので傷つかないし。  清崇も同じだから、オッケー。 「玲史……ごめん」  ガバッと抱きしめられた。  甘さゼロのセフレ関係だったから、服着てるのにくっつくのって違和感がある……のは無視して。 「いいよ」  清崇の頭を人撫でして、抱きしめ返す。  僕のほうが年下で小柄だから、清崇が甘えん坊みたく見えるけど。僕がタチだし。ごめんっていうのは本心だろうし。  それに好都合。 「最後まで演技ね」  聞かれちゃマズいセリフを囁く。 「きみを紫道だと思うから。僕を幸汰だと思って」 「……大丈夫だな?」  耳元で尋ねる清崇の声はしっかりしてる。 「もちろん。超嫌だけど」  身体を離して見つめ合い、軽くキス……も違和感あるなぁ。清崇とは、セックスの最中しかキスなんてしなかったから。  まぁ、でも。  黒髪が見てるし。神野が早めに戻ってくるかもしれないし。恋人モードで。恋人同士になりきって。  結局、キスは深くなり。絡めた舌を舐り合ってたら、スマホがバイブ。  唇を離して清崇と顔を見合わせる中、静かな室内にバイブ音が鳴り響く。メッセなんかの通知じゃなく通話の着信音だ。  神野に無事会えたら電源落とそうと思ってたのに、スイートのインパクトが強くて忘れてた。  紫道……まだ諦めてないのかな。  バイブが止んだ。 「コレ、いじってもいいよね?」  パーカーのポケットを指差して。声を上げて、少し離れたところにいる黒髪に聞いた。  許可を得る必要はないけど、念のため。スマホを取り上げられたら面倒だし。変に怪しまれるのも損だし。  反抗的より従順に。そのほうが、ひどい扱いを受けずに済むことも多いしね。  でも。  おとなしくいい子で従順過ぎても加虐心をそそっちゃうから、ほどほどに。 「電源切るだけ……」  再びバイブ。 「出ろ」 「え?」  黒髪の言葉に、驚いた。 「この状況に納得してるなら、うまく話せるだろう」  あーそういう……。  ゆっくりとこっちに歩きながら、黒髪が続ける。 「ここがどこで、これから自分がどういう目にあうのか。納得してなけりゃ、助けてくれと言えばいい」  え!?  一瞬。  この人、いい人じゃん! 味方?……って思った。  けど。  次の一瞬で、わかった。  コレは踏み絵。本気で神野の言いなりに……自分で選んでこれからのイベントに参加するのかどうかを、見極めるための。  ちょっとマズいかな。  どうしよう。  何て言おう……っていうか。  紫道が大声で喋ったら、聞かれちゃうでしょ。僕との関係とか清崇のこととか、止める間もなく口に出されたら……。 「早く出ろ」  黒髪が急かす。  出るしかない。  出なきゃ、また電話が来て……って繰り返すかも。  今さら、電源は落とせない。  うまく話せない、ごまかせない相手だって思われるのは厄介だ。  取り出したスマホの画面を見て、心底ホッとした。  紫道じゃない。  紫道じゃなくてよかった。  紫道のこと、神野にバレるリスクを負わずに済んだ。  安心して、思い出す。  紫道からの通知……オフにしたのに鳴るわけないじゃん。焦ることなかった。  あー自覚してるより、ずっとテンパってる。  何でかな?  クズにやられるのは怖くない。ホントに平気。怖いのは、紫道が的になること。僕の紫道を傷つけられること。  あーホントにマジで。  想像するだけでそこまで怖いって何なの。  守りたいモノを守れる強さはあると思ってるけど、守りたいモノがあると弱くもなるみたいじゃん?  本当に謎。  その謎が解ける時が来るかはわからないけど……気を取り直して、通話をタップする。  電話をかけてきたのは幸汰の友達、たまきだ。

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