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119 僕が抱く男は決まってる:R

 帰りのことを考えて。着てきた服が汚れたり破れたりするのはゴメンだから、用意されたバスローブを羽織って戻った。 「怖気づいて籠城してんのかと思ったぜ」 「それか、2人で一発フライング」 「てか、ヤる気満々じゃね? その格好」 「期待に応えてやんねーとな」  ソファに座る城戸(きど)と八代のコメントはスルーして、部屋を見回す。 「神野(じんの)は?」  清崇(きよたか)が尋ねる。 「今、呼んだ」  スマホを手に答えたのは友井。 「そこで待ってろ」  待つの。ここで。『ヤる気満々のかっこ』で。  嫌なのに。  溜息をつきかけたところで、続き部屋へのドアから神野が登場。 「向こうに博己(ひろき)がいる」  唐突なセリフに、意外性はゼロ。やっぱりねって感じ。  ここに来た時から。  ここが、清崇と僕を痛めつけるのに全くそぐわないとこだから。  何か理由があるはずって思ってた。 「あいつには、清崇が来たとだけ言ってある」 「は!?」  清崇が声を上げるも。 「俺の言うこと聞いていい子にして……」  神野が続ける。 「ずっと待ってたお前が、やっと会いに来たんだ」 「ちょっ……」 「嬉しそうに待ってるぞ。早く顔見せてやれ」 「何言っ……話が違うだろ!? 俺は……」 「自分の口から言え」  清崇を遮る神野の言葉。 「博己に直接。『お前を抱くより、見ず知らずの男に犯されるほうがマシだ』と」  精神的苦痛を与えるのは、すでに始まってるらしい。 「そ……んなこ、と……」  言えない……って、清崇は拒否出来ない。  思ってない……って、否定も出来ない。  選んだから。  でもさ。  何の前置きもなくってより、ウソで期待させといてコレ……現実を清崇から博己に突きつけさせるのって。  神野って男、サドかギャンブラーか策士か……バカのどれかだよね。  あー気が重い。 「行こう」  沈黙が長くならないうちに、声をかけた。  フリーズしてる清貴が頭ん中で何思考してるかわからないけど、することは変わらない。変わりようがない。  すべきコトをこなすだけ。 「玲史……」  僕に向ける清崇の眼差しは苦しげ、悲しげ。  でも、迷いはナシ。  頷いた清崇と、続き部屋へ。  一呼吸置いてから、清崇がドアを開けた。 「清崇!」  部屋の中がまだ視界に入らないうちに、声が出迎えた。  初めて聞く博己の声。明るい声。喜びを帯びた声。 「え? どうし……て。この人、が……」  清崇に続いて現れた僕を見て、博己の声の温度が下がる。戸惑いと混乱を含む声。  半パンに大きめのシャツをラフに着た博己は、思ってたより華奢な男じゃなく。背は僕より高くて、サラサラ薄茶の長めの髪。かわいいっていうより涼しげでキレイな感じ。 「高畑玲史。知ってるよな? 俺がつき合ってる男だ」  怯まず紹介する清崇に。 「なん……で? だって、俺に会いに来たんでしょ?」  駆け寄って伸ばした手を空で止める博己。 「前みたいに、俺と……俺を……」  抱くために来た。  博己がそう思ってるのは明らかで……っていうか。そう思わされてた。神野に。  この、ホテルのスイートルームの寝室で。キングサイズの四角いデカいベッドのある部屋で。  健気に待ってた?  神野を信じて。現実逃避で、ヨリを戻したかフラれる前に戻した清崇を信じて。  ソレをブチ壊す役は清崇。 「博己。俺はお前に会いに来たんじゃない」 「じゃあ、どうして……? その格好……」  キッパリ否定する清崇は、バスローブ姿で。一歩下がった隣にいる僕も、同じ姿で。 「何でこの人……浮気? 清崇、何で? この人とはもう……」  博己の瞳が泳ぐ。眉間に皺が寄る。混乱してる。  偽の幸福世界が揺らいでるのか。逃げ場所が崩れかけてるのか。  僕に見覚えはあるみたい。  現実と逃避と事実が交じってるなら、完全にイカれちゃってるわけじゃないのかも。 「玲史は俺の恋人だ。今もこれからも、ずっと。だから、お前とは何もしない」 「……信じない」 「本当だ」 「ウソ! じゃあ何で来たの!? 龍介(りゅうすけ)が、清崇が会いに来たって……」  博己の視線の先、僕の斜め後方にいるのは神野で。当然、こうなるのは知ってるふうで。 「ああ。コイツはお前に会いに来て、会ってどうするを自分で選んだ」  自分の吐いたウソに事実を混ぜる。 「お前を抱くか。俺の後輩に犯されるか」 「え?」 「お前とやるくらいなら、ほかの男どもにやられるほうがいいらしい」 「ちげぇだろ! てめぇがそうさせんだろうが!」  清崇が声を荒げる。 「博己を選ばなけりゃ、ボロボロになるまで俺たちを輪姦すってのは、てめぇの復讐だろ!? お門違いの!」 「復讐される謂れがないなら、力ずくで帰ればいい」 「帰れるもんならとっくに帰ってるさ。それじゃ終わんねぇっつうから! こっちは……」  清崇が口ごもる。  真意が透けちゃマズい。  こんな理不尽につき合う理由を悟られちゃマズい。  よくよく考えればおかしいもん。  どっちも選ばないって選択肢があるのに、どうしておとなしくソレを選ぶのか。  ここは逃げて……選ばずに引いて、こっちから仕掛けることも出来るのに。下手に出る必要はないはずなのに。  隠してるから。  本当に守りたいモノがあることを。  大切なモノがあることを。  だから、弱い。  神野がソレに気づいてないなら、気づかせない。 「きみたちとスッパリ縁を切りたいの」  黙り込んだ清崇に代わって言う。 「バカげたパーティーに参加するのはそのため。延期じゃなく中止にしてくれるなら、今すぐ帰るよ」 「中止はない。博己を傷つけたお前らに報いを受けさせる」 「この子のため?」  一瞬、神野が臆するような顔をした。 「きみは何もされてないもんね」  ささやかな反撃。  大好きな清崇を苦しめるのは自分のため。自分のせい。博己にそう思わせるのは、心苦しいでしょ?  どうする? 「博己のためじゃない。正義もない。コレはただ俺が満足したいだけだ」  へぇ……。 「お前らをボロボロにするのは、俺のためだ。俺が決めたことだからな」 「そっか」  自分がクズだって認めるなら、ほかに言うことはナシ。 「龍介……」  見開いた目で神野を見つめ、博己が口を開く。 「清崇を、レイプ……するの?」 「ああ」 「まさ、か……」  博己の視線の先には、ドアの前に無表情で立つ友井がいる。  この男を部屋に入れたのは、見張りのため?  まだ警戒してるの?  僕たちが、博己を質に違うゲームを始めるかもって?  こっちの手が不利なのを、神野は知らないから。  こっちにある弱いカードの存在を知らないから。  それはちょっと安心。  手の内は絶対に見せない。見せないまま、終わらせる。必ず。   「俺がやれと言えばやる。八代と城戸も来てるからな。この2人を輪姦すのに不足はないだろう」 「ウソ、でしょ? 何で……そんなひどいことするの? 清崇を……イヤだ。やめて……!」 「その『ひどいこと』を選んだのはコイツだ。お前を抱くのはどうしても嫌だと」  暫し俯いて顔を上げ、博己が清崇に視線を移す。 「じゃあ……俺が抱くから、やめて」 「コイツがソレを選ぶならな。どうだ?」 「……ダメだ」  博己から目を逸らさずに、清崇が拒否。 「どうして? 俺に抱かれてよ」 「……お前とはやらない」 「龍介の後輩たちにやられるほうがいいの!?」 「そうだ」  博己が僕を見やる。 「この人もやられるのに!?」 「ああ。それでもだ」 「そんなに……俺がイヤ、なの……!?」 「そうだ」  これ以上ない、徹底した拒絶。  本当は、イヤとかじゃないよね。  ただのイヤなら、八代たちにやられるほうがよっぽどイヤでしょ。何人もの知らない男に、何回も犯されるほうがイヤに決まってる。  イヤなんじゃなく。  ダメだと思ってる。  どんな形でもどんな小さくても、博己にあげちゃダメ。情とか優しさとか思いやりとかのプラスのモノは、あげちゃダメ。  与え続けられないなら。  一瞬与えてすぐ奪うなら。  与えたせいで、さらに絶望させるくらいなら。  与えないほうがいい。  救わないほうが救いになる。  ただ……わかってても、難しい。自分もツラい。  清崇が引かないのは、幸汰(こうた)のため。 「そう……」  博己が一歩、僕に近づく。 「玲史?」  僕をじっと見つめ。 「俺を抱いてよ」  斜め上の発言。 「え……?」 「清崇が抱いてくれないから、あなたが代わりに……違う。清崇を抱く代わりに俺を……じゃなくて……レイプされたくない、から……」  言ってることチグハグだけど、今の状況をわかってて。僕が清崇を抱いてるってのもわかってるみたい。  清崇に会って、現実に戻って来た? 正気に戻ってきた? 壊れちゃってはいないんじゃない?  まぁ、だとしても。 「無理」  答えは変わらない。 「僕が抱く男は決まってるから」  それにさ。  仮にオッケーしても、神野が黙ってないでしょ。 「どうしても?」 「うん。どうしても」  無言で僕を見つめる博己の瞳が揺れて、暗くなる。 「わかった」  博己が大きく息を吐き。 「アイツらを呼んでくれ」  神野が言い。  振り向くと。友井が開けたドアから、八代と城戸が入って来た。 「やっと始まりっすか?」 「俺マジでもう限界!」 「待たせたな。好きにやっていいぞ」 「悪いな、博己。お前の男もらうぜ」  城戸が清崇の肩に手をのせ。 「オラ来い。かわいがってやるぜ」  僕の腕を八代が掴む。  この男が一発目か。  あんまりデカくも上手くもないといいなぁ。痛いのも気持ちイイのも要らないから。自己中に腰振って、ひとりでとっととイッてくれるほうがラク……。 「待って!」  ストップをかけたのは博己。 「先にやらせて」  それ聞いて。  ほかの男に清崇がやられるのはイヤなんだと思った。  拒絶されても。ムリヤリだとしても、清崇を抱きたいんだと思った……のに。 「あなたを、俺が抱くよ」  僕に向けられた博己の暗い瞳が笑った。

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