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121 俺に何が出来る!?:S

「坂口さん……」  いつの間に部屋に入って来たのか。  ドアの開閉の音にも。西住(にしずみ)と少しはしただろう会話の声にも、全然気がつかなかった。  いつから電話の内容を聞かれてたのか……いや、そんなのは別にいい。聞かれて困る話はしちゃいない。  困るのは、足止めを食うことだ。今。ここで。 「現風紀の副委員長として見過ごせないよねー」  困惑した顔を俺に向ける西住と沢渡(さわたり)の前に出て、好奇の目で俺を見る坂口。 「今も。授業中に風紀本部に後輩連れ込んで、何してんの?」 「……すみません」 「いけないことしようとしてたのかなぁ? ほら、ここ。あっちの部屋にベッドもあるしさ。3P? 職権濫用はNG」 「そんなんじゃねぇ!」  非があるのは明らかに俺のほうなのに、苛立ちを隠せない。隠す労力を使ってる場合じゃないってのと。  今、下ネタは神経を逆撫でる。  だけど。  普段はヘラヘラしてるくせに、時折鋭くなる目で俺を凝視し首を傾げる坂口に。 「違います」  ここは見逃してもらわなけりゃならない。どうしても。今すぐに。 「ちょっとトラブルがあって、2人が解決の手助けをしてくれてて……」  だから、簡潔に素早く説明しとうとするも。 「授業どころじゃなくて、緊急で……もう行かないと……時間がない」  うまく出来ない。 「説教は、あとで倍聞きます。今は、急いでるんで……」  説明は諦め。坂口の後方にあるドアへと足を踏み出すも、行く手を阻まれる。 「待てよ。質問に答えろ。2分。じゃなきゃ、風紀副委員長権限で本来いるべき場所に強制連行」  仕方ない。西住と沢渡は置いて、強行突破するか……。 「俺、やりあったら5分はもつけど?」  先を読まれ、息を吐いた。 「バカじゃなくて何より」  坂口が頷き。 「トラブルって誰の?」  問い始める。 「玲史だ」 「誰と?」 「神野(じんの)っていう……蘭角(らんかく)大のヤツだ」  坂口が片眉を上げた。 「トラブルの原因は?」 「……男関係だと思うが、ハッキリはわからない」 「どこに行く?」 「情報もったヤツのところに」  焦れてきた。 「もう……」 「最後。玲史くんに、身の危険は?」 「あるから、急いでる。早くしねぇと玲史が八代に……!」  やられちまう! 「八代?」  坂口が呟き。 「じゃあ……やっぱり、神野はリュウさんか」  視線を俺から沢渡へと移す。 「だから、お前が絡んでるんだな」 「……それもあるけど、高畑さんと川北さんには大きな恩があって……俺は味方だから」  答える沢渡は、風紀委員じゃない……のに、坂口と面識があって。坂口は神野と八代を知ってる……どういう知り合いだ? 「あ。俺、コイツと同中。同部。八代とリュウさんも」  疑問を口にする前に、坂口が解を出す。納得。  そして。 「そ、れなら! ヤツらのタマリとか行きそうなとことか、知ってること教えてくれ!」  思わぬ情報源。スカでも何もないよりマシ。  だけど。  のんびり聞いてるヒマはない。そろそろ2分だろ。 「人と約束してるんで俺、もう行きます。スマホに……」 「玲史くん、強いじゃん? ケンカなら、八代ごときにやられないはず」  俺を遮り、坂口が言う。 「てことは、八代サイドは複数人。でも、リュウさんは良識派。理由なく暴力に頼らないはず」 「考察は要らない。現に、玲史が……」 「ボコられる? マワされる?」  言葉より先に表情で答えたらしく。 「血相変わるわけだ。自分の男だもんな」  坂口が頷いた。 「当然、助けにいかなきゃね」 「……じゃあ、急ぐんで」  話は終わり。  もう待てない。 「俺も行きます!」 「俺も行きます!」 「俺も行くぜ」  正面の坂口を避けてドアへと向かう俺の背に、同時にかけられた声は3つ。同じ宣言。  西住と沢渡はわかるが、坂口も? 「うちの来期副委員長の緊急事態みたいだからさ。かわいい後輩のためにお手伝い」  また。聞く前に答える坂口は、読むのがうまい。先も場の空気も人の言動も。 「ナリフリかまっちゃいらんねーんだろ? 俺も使えよ」 「……はい」  拒否する理由も意味もない。  マジでナリフリなんぞかまってられねぇ。  4人で、風紀委員会本部を後にした。  教室に寄ってくと言う1年2人と別れ、坂口と廊下を急ぐ。  今は授業中で。静かに移動しなけりゃならないから、無言で歩く。神野と八代のことを早く坂口に聞きたいが、学園を出るまではガマンだ。  自然と思考が内にこもる。  朝、玲史が来なくて。  神野からのメールが来て。  西住と沢渡が来て。  玲史が電話に出なくて。  沢渡に、八代からのメッセージの内容を聞いて。  そこから……いろいろでいっぱいで。テンパって焦ってぐるぐるで。どうにか頭を回して、やっと何とか少しでも玲史に近づくために動いて。  今。初めて考える……いや。何度か頭を掠めはしたが、考えないように……いや。その考えをほかにずらしてぼかしてた。  ソレを今、真っ向から考えちまった。  もし。間に合わなかったら。  間に合うに決まってる。  玲史が簡単にやられるわけがねぇ。  あの玲史だぞ?  ケンカは強い。頭も切れる。  タチでサドのあいつが、おとなしく犯されるわけがねぇ。  けど。もしも。  間に合わなくて。  あり得ねぇと思っちゃいるが、取り引きで……つーか。あえて無抵抗で。  間に合わなくて。  助けられなくて。  玲史がやられちまったら。やられちまってたら。  俺に何が出来る!?  何て言やいいんだ? 何て言えば傷つけねぇんだ? 何て言や……何をすりゃ、救ってやれる?  守れなかった俺に。  何が言える?  何が出来る?  守るもんが、まだ……あるとして。あるなら。  俺に出来ることは……何だ?  あるのか、ソレが。  あるはずだ。  ある……たぶん。きっと。絶対。  ないなら……。  俺は……玲史の『何』だ!? 「川北。顔コワい」  脳内で思考を巡らせ、上の空でいたせいで。坂口の存在が頭から抜けてて。昇降口を出て校門をくぐって少しした辺りで、すぐ後ろから声をかけられて。我に返った。 「恋人がレイプされるかもって現場に向かう時って、もっとこう……凶悪ヅラしてるもんじゃないの?」  坂口が俺の横に来る。 「んなことしやがったら、半殺しにしてチンコひねりツブしてやんよ!……みたいな」 「……そのつもりです」  間に合わなかったら。  間に合ったとしても。 「けど、そういう顔してない」 「は?」 「怒りでギラギラ、じゃなくて。怯えてるみたいな? 自分がやられる寸前みたいな。かえってコワいんだけどその顔」  怯えて……自分がやられ……る。 「実際、コワいです。もし……って考えちまうと。俺がやられるほうがまだマシっつうか……」  選べるなら。  代われるなら。 「へー、マジじゃん。お前ら」  笑みを浮かべる坂口。 「万が一やられてても、玲史くんは大丈夫そうだな」 「は!?」  どいつもコイツも。  簡単に大丈夫とか言いやがる。  大丈夫かどうか、なんて。勝手な予想だろ? 玲史の何がわかる? 俺よりわかってるってのか?  俺だって……。  俺も……。  玲史は大丈夫だって思いたい。思ってるかもしれねぇ。思ってるが、そう思うだけの理由がねぇ。思える根拠がねぇ。思い切れる自信がねぇ。  もし、大丈夫じゃなかったら……そう思っちまう。 「助けられるに越したことはないけど、殺されるかもってわけじゃなし。まぁ、レイプのダメージはあるとしても。お前がいるだろ」 「俺……?」 「自分より大切だって思ってくれる恋人。愛は最強装備じゃん?」  愛……? 「いいなぁ……俺、今フリーだからさー」  坂口がわざとらしく溜息をついた。  この状況で。  どこかのん気で暗い雰囲気のない坂口と2人でいると、張った気が緩みそうだ。テンパってるのもよくないが、気は引き締めておかなけりゃ。  ネガティブ思考に寄るのもダメだが、ポジティブ過ぎるのもマズいだろ。  玲史のとこに行く手がかりを、何ひとつ見過ごしちゃならない。  これ以上、後悔するのはゴメンだ。 「来ないね1年。置いてくか?」  駅で足を止め、坂口が尋ねる。 「はい」  待つって選択肢はない。  幸汰との約束に、すでにギリだ。  玲史のメッセージが来てから1時間……。 「遅くなり、ました」  その声に振り向くと。息を切らした沢渡だけがいて、西住の姿はなかった。

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