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122 俺だけか!?:S

 西住(にしずみ)は来ないと言う沢渡(さわたり)と、坂口と3人で駅の改札を抜け。ほとんど待たずに来た電車に乗り込んだ。 「西住は学園に残ってもらいました。どういう状況かわからないところに行かせたくなくて……すみません」  頭を下げる沢渡に。 「大丈夫だ。人数が必要なわけじゃない」  言いながら、脳裏を掠める。  玲史たちのいる場所を突き止めて。助けに乗り込んで。もし、そこで……すでに……コトが起こっちまってたら。  頭を振って、リアルに想像しそうになる場面を振り払う。  間に合う。  間に合わない。  もう、考えるな。  どういう状況だろうと。  そこにいるヤツら全員ブチのめしてでも、玲史を取り返す。  それだけだ。  そのために……人手は必要……だったか?  向こうは何人だ?  見つけられりゃ助けられる気でいた。  力ずくで……あ……先に玲史の、意思……どうしたいのか……いや。違うだろ? 助けるんだろ?  助けられたいとか、望んでなくて……沢渡が言ったように、あいつが自分から……なんて、こと……あるわけ……。  あるのか? あったら、俺はどうすりゃいいんだ? 「そうなの? 玲史くん、やられそうっていうからさ。ラチられて捕まってるとこ救出するのかと思ってたけど」  坂口が聞く。 「リュウさんと八代。ほかにもいそうなんだろ? 5、6人なら、俺と川北で楽にのせるとして。玲史くんたち確保する役に、もうひとりほしいじゃん?」 「なら、もう2人必要です」  沢渡が言う。 「俺は、その場では役に立てません」 「どーして?」 「八代先輩たちに西住のこと知られてるから。俺のせいで西住が何かされるリスクは負わない。絶対に」  沢渡の心配は理解出来る。  西住を危険に晒す真似はしない。西住を守るためなら、マジで何でもするだろう。その場にいて頼れないだけじゃなく、敵になることも十分あり得る……か。 「あ、やっぱ西住とデキてるの?」 「奇跡です。出会えただけでも幸運が過ぎるのに、こんな俺が……俺なんかに……」 「ダブったカイあったな」 「は?」 「お前、知らなかった? 沢渡は俺の1コ下で。別の高校行っててうちに再入学したから、また1年生」  坂口が説明する。 「すっげ頭いいくせに、どっかズレてるっていうか。価値観が独特なんだよねー」  そういえば。  風紀本部で話してた時。八代が1コ上で、神野が2コ上の先輩だっつってたが……おかしいって気づく余裕がなかった。  コイツも……みんな、誰にでも。そいつなりの事情があるんだろう。  何をするにも。理由とか理屈とか動機とか、それなりのワケがある。  だけど。  どんなワケがあろうが……。  玲史を傷つける理由にゃならねぇ! 「俺のダブリはどうでもいいです」  沢渡が俺を見つめる。 「高畑さんのところに行くまでは協力します。でも、救出の手助けは俺……マイナスになるかもしれない。それを知っておいてください」 「ああ、わかった」 「神野先輩についても、俺より坂口先輩のほうが詳しいから……役に立てることは少ないけど、俺に出来ることをやらせてください」 「ああ、頼む。ありがとう」  真剣な沢渡の瞳に頷いた。 「頭数要りそうだったら応援呼ぶ、でいいじゃん? とりあえず」 「はい」  坂口にも頷いて、息を吐き。 「じゃあ……教えてください。ヤツの情報」  神野の。玲史の居場所を掴むべく、2人に話を聞いた。  電車を降りるまでにあがった、玲史がいる可能性のある場所の。大まかな候補は5つ。  ツノ駅からさらに3駅先が神野の地元で、今もそこに住んでる。八代と、城戸(きど)と友井も。つまり、ヤツらの家。  神野と友井は一緒にバンドをやってる。他2人のメンバーは大学生と高校生で、最近は活動してない。そのバンドメンバーの家。  坂口のバンドがライブをやるライブハウス2か所のうちの片方で、神野もライブをやってる。仮に、オーナーと親しい間柄で。空いてる日に使えるなら、地下にあるそこは……外から見えない聞こえない、恰好の場所だ。  楽器を演奏するために時間で借りるスタジオが、通える範囲に3か所。中に監視カメラがあっても死角もあり、カラオケより広く防音はほぼ完璧だ。  あとは、ラブホ。  ラチって連れてくなら可能性はあるが、玲史が自分から行ったなら…ないと思いたい。  誰かの家かバンド関係の場所、か。神野は、繁華街や駅裏に行きつけの店があるようなヤツじゃないらしく。廃工場とか閉まったゲーセンみたいなベタなタマリはなさそうだ。  今回の件しか知らない俺からすると納得いかないが、神野はクズだって話は聞けなかった。  どうしてだ?  玲史を……後輩にレイプさせようとしてる男が、まっとうなわけねぇだろ!?  おまけに。  これまでにわかってることをザッと話したら。坂口の反応はこうだ。 『高畑に全く非がないなら、今頃トラブル解決してるよ。リュウさんはそんな人じゃないからさ』 『八代と城戸は確かにちょいクズみあるし、俺は好かないけど。友井はいいヤツだぜ。ドラムの腕もいい』 『リュウさん、中坊ん時から彼女いたけど。男もイケるようになったのかな』  危機感がない。  玲史がやられることはないと思ってるのか。やられてもどうってことないと思ってるのか。  玲史の身を案じてくれてるんじゃなかったのか。  そして。  坂口の反応に無反応な沢渡は、玲史のところに行くという俺に手を貸してくれてるのは事実だが……腹ん中が見えない。  八代との繋がりもあって、最初から関わってて。俺と玲史に世話になったから協力したいと言ってくれて。玲史の味方だと言って。  なのに。  玲史を心配してる感じがしない。  少なくとも。  玲史がレイプされることを案じちゃいない。  俺には理解出来ないが、ソレ自体……自分の身に起きるなら、沢渡にとっちゃ大した問題じゃないからか。  もう……間に合わないと、やられちまってると思ってるから……か。  クソッ!  俺だけか!?  こんな、居ても立ってもいらんねぇ……危機感と焦燥感。心臓が粟立って強張って、じくじくする。  こんな思いしてんのは俺だけか。  俺が、玲史を好きだから……か。  こんなに……なのに。  何で今、そこにいねぇんだ俺は……!? 「高畑の前の男が原因なんだよな?」  駅前のファストフード店に向かいながら、坂口が尋ねる。 「で。待ち合わせてるのが、そいつの今の男?」 「ああ」  そうだ。幸汰(こうた)なら、わかってくれる……か? 俺と同じ心配……してる……はず。  いや。  大丈夫って言ったな。清崇(きよたか)も、玲史も。自分の意思でなら……って。  助けを拒んだら?……って。  それでも。  たとえ、大丈夫だと思ってるとしても。  早く見つけたいはずだ。  早く助け出したいはずだ。  早く救いたいはずだ。  早く、会いたいはず。  この手に抱きしめたい。  そう思ってるはず。  俺と同じ……大切な恋人を守りたい、と。 「あそこだ」  電話から30分ちょっと。  空いてる店内。奥のテーブル席にいる幸汰が、俺に気づいて軽く手を上げる。 「あれ? たまきさん」  奥の席に向かいながら、坂口が言い。 「よく行くスタジオの人で、顔見知りな程度」  知り合いかと聞く前に答えた。  幸汰の隣に座る赤毛の男が、たまき。神野のダチなら、一番濃い情報を持ってる。  そして。  その情報は、きっと……悪い知らせだ。俺に向ける顔。表情で。瞳で。  聞く前に、それがわかった。

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