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124 俺の意思だ:S
「神野 が玲史にメールした『隣の906』……そこにいるはずだ」
膝の上で拳を握りしめた。
頼みの綱を握るように。
神じゃない何かに、祈るように。
ここに来るまでに。神野と同中の沢渡 と坂口とともに、可能性のある場所はいくつか考えた……が、決め手はなかった。
そこだという決定打。神野からのメールにあった手がかり。
『隣の906』
コレに合う場所がない。
隣っつうからには905と907があって、そこにも何か意味があるのか。目立つ場所だとか、わかりやすい目印があるとか。
それは不明だが、神野たちの家がある地元に906って番地がふられた住所はなく。9階まであるマンションや病院、社屋や商業施設などの高い建物もないという。
坂口の知る限り、近場に8階以上あるラブホはないらしく。906のつくスタジオもない。そういう名の店もライブハウスもない。
神野のバンドメンバーの家はわからない。
このファストフード店から見える12階建てのビルは企業の事務所と店舗のみで、近くの駅周りにあるビルもだいたいがオフィスビルだ。その中に906号室があったとしても、神野との関連性が見えない。
同じく。マンションやホテルもあるにはあるが、その中に神野と関連する906号室があるかはわからない。
わからない。イコール、ゼロじゃない。
ゼロじゃなけりゃ、可能性はある。可能性があるなら無視は出来ないが、全部をしらみ潰しにあたってるヒマはない。
だから。
たまきの情報を求めてここに来て。ヤバいくらい、過剰な期待をしてる。
もし、スカだった場合……次の手がない。
情けねぇが、どうすりゃいいかわからねぇ。
「どこか、906ってつく場所に心当たりは?」
長くは待てず。再び尋ねる。
初対面だが、たまきにも敬語は使ってない。もう、マジで余裕がない。
「906号室に住んでるダチがいるとか、そう呼ばれてる場所とか……」
「んー……聞いたことねぇな」
たまきが眉を寄せ。
「うちの教室番号に900番台はねぇし。ダイヤルロックのナンバー、コインロッカー……906……隣の……1076の906……」
ブツブツ続けてから、髪を掻き上げる。
「大学はねぇ。ロック解除もコインロッカーも暗号もねぇ。遊び感覚で謎解きなんかしてるわけねぇよな」
「……ほかに何か、ないか?」
頼みの綱にすがる。
「神野のバンドメンバー、大学生のほうの家は知ってるか? あんたのバイト先のスタジオは?」
「あそこは無理。未成年の飲酒喫煙に厳しくて、しょっちゅうドア窓覗いてくるから」
坂口が口を挟み。
「バンドのヤツらは知ってるけど、家までは知らねぇ」
たまきが首を横に振った。
期待が萎んでく。
時間が過ぎてく。
玲史に、一歩も近づけないまま……。
「そういや……今朝、俺んとこの駅前でドラムのヤツ見かけたな」
「友井を? どこでですか?」
坂口が聞いた。
「いっこ先の角南 」
「あいつの学校、こっち方面じゃないのに……」
言葉を止めた坂口と目を合わせる。
考えたことは同じだろう。
「誰かと一緒だったか?」
「茶髪の男と、カフェの前にいたぜ」
「その辺……」
膨らむ期待に、声が掠れる。
「9階がある建物はないか?」
「カフェの隣のシティホテルが10階くらい……って。おい!」
たまきの声が大になる。
「そこか!?」
「茶髪くんも仲間なんで、おそらくビンゴ」
坂口とともに頷いた。
アタリだ。
期待に応えてくれた。
神野と清崇のトラブルの情報はまだ聞いちゃいないが、そんなもんはあとでいい。
玲史の居所がわかった。
まだ100パーじゃないが、ほぼそこだろう。
そこのはず。ほかに候補がないんだ。そこであってくれ……!
「よし! ホテルの906号室……突撃するか」
「いきなり行っても、開けてくれないんじゃん?」
「ブチ破ってやる」
「ホテルのドアって内開きだもんな」
「警備に即捕まるって」
「騒ぎになって困るのは向こうだ」
「じゃあ、すんなり入れてくれんじゃね?」
「ま、行ってみてからってことで」
「アイツら……ただじゃおかねぇ」
もし、玲史を……。
「幸汰 ?」
たまきが言った。
「どしたよ? 嬉しくねぇの?」
そういえば……幸汰はほとんど喋ってない。『隣の906』が解けても、たまきと坂口と俺の会話に加わらず。驚きもせず。恋人を心配してるにしては反応がなさ過ぎだ。
「わからない」
視線の先で、幸汰が溜息をつく。
「行っていいのか、行かないほうがいいのか」
「は!? いいも悪いもねぇだろ?」
そこがどこか、やっとわかったんだ。行かないって選択肢はない。あるわけがねぇ。
「たまきと神野の電話で確実になったのは、清崇と玲史くんが強要されてるんじゃないってこと。今そこにいるのも、やられるのも」
嫌な事実に顔をしかめた。
「そりゃそうかもしれねぇが……俺は、玲史を助けに……」
「もう間に合わない」
聞きたくない、高い可能性がある現実を口にする幸汰。
「助けは不要だ。むしろ、迷惑になるとは思わないか?」
「そ……」
言葉に詰まる。
電話での幸汰の問い。
『間に合ったとしても、本人が助けを拒んだら?』
俺の答えは『その時考える』で、変わらない。
どうするか……今考えても答えは出ない。
「俺が玲史を助けたいんだ」
頼まれたとかじゃない。
望んでないかもしれない。
邪魔になるかもしれない。
迷惑かもしれない。
俺に守られなくても、大丈夫かもしれない。
けど。
玲史が俺を守りたいと思うなら、俺も玲史を守りたいと思ってもいいだろ。
玲史が俺を守るためにそこにいるっていうなら、俺も玲史を守るためにそこに行ってもいいだろ。
俺の意思だ。
「俺に黙ってひとりで決めて、玲史はそこに行った。なら……俺も勝手に動く」
玲史のところに行く。
場所がわかったってのに、ここで時間ムダにしてる場合じゃねぇ。
「邪魔するな。迷惑だ。帰れ……」
立ち上がり、幸汰を見つめる。
「あいつにそう言われりゃ、引く。あんたは?」
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