124 / 167

124 俺の意思だ:S

神野(じんの)が玲史にメールした『隣の906』……そこにいるはずだ」  膝の上で拳を握りしめた。  頼みの綱を握るように。  神じゃない何かに、祈るように。  ここに来るまでに。神野と同中の沢渡(さわたり)と坂口とともに、可能性のある場所はいくつか考えた……が、決め手はなかった。  そこだという決定打。神野からのメールにあった手がかり。 『隣の906』  コレに合う場所がない。  隣っつうからには905と907があって、そこにも何か意味があるのか。目立つ場所だとか、わかりやすい目印があるとか。  それは不明だが、神野たちの家がある地元に906って番地がふられた住所はなく。9階まであるマンションや病院、社屋や商業施設などの高い建物もないという。  坂口の知る限り、近場に8階以上あるラブホはないらしく。906のつくスタジオもない。そういう名の店もライブハウスもない。  神野のバンドメンバーの家はわからない。  このファストフード店から見える12階建てのビルは企業の事務所と店舗のみで、近くの駅周りにあるビルもだいたいがオフィスビルだ。その中に906号室があったとしても、神野との関連性が見えない。  同じく。マンションやホテルもあるにはあるが、その中に神野と関連する906号室があるかはわからない。  わからない。イコール、ゼロじゃない。  ゼロじゃなけりゃ、可能性はある。可能性があるなら無視は出来ないが、全部をしらみ潰しにあたってるヒマはない。  だから。  たまきの情報を求めてここに来て。ヤバいくらい、過剰な期待をしてる。  もし、スカだった場合……次の手がない。  情けねぇが、どうすりゃいいかわからねぇ。 「どこか、906ってつく場所に心当たりは?」  長くは待てず。再び尋ねる。  初対面だが、たまきにも敬語は使ってない。もう、マジで余裕がない。 「906号室に住んでるダチがいるとか、そう呼ばれてる場所とか……」 「んー……聞いたことねぇな」  たまきが眉を寄せ。 「うちの教室番号に900番台はねぇし。ダイヤルロックのナンバー、コインロッカー……906……隣の……1076の906……」  ブツブツ続けてから、髪を掻き上げる。   「大学はねぇ。ロック解除もコインロッカーも暗号もねぇ。遊び感覚で謎解きなんかしてるわけねぇよな」 「……ほかに何か、ないか?」  頼みの綱にすがる。 「神野のバンドメンバー、大学生のほうの家は知ってるか? あんたのバイト先のスタジオは?」 「あそこは無理。未成年の飲酒喫煙に厳しくて、しょっちゅうドア窓覗いてくるから」  坂口が口を挟み。 「バンドのヤツらは知ってるけど、家までは知らねぇ」  たまきが首を横に振った。  期待が萎んでく。  時間が過ぎてく。  玲史に、一歩も近づけないまま……。 「そういや……今朝、俺んとこの駅前でドラムのヤツ見かけたな」 「友井を? どこでですか?」  坂口が聞いた。 「いっこ先の角南(つのなん)」 「あいつの学校、こっち方面じゃないのに……」  言葉を止めた坂口と目を合わせる。  考えたことは同じだろう。 「誰かと一緒だったか?」 「茶髪の男と、カフェの前にいたぜ」 「その辺……」  膨らむ期待に、声が掠れる。 「9階がある建物はないか?」 「カフェの隣のシティホテルが10階くらい……って。おい!」  たまきの声が大になる。 「そこか!?」 「茶髪くんも仲間なんで、おそらくビンゴ」  坂口とともに頷いた。  アタリだ。  期待に応えてくれた。  神野と清崇のトラブルの情報はまだ聞いちゃいないが、そんなもんはあとでいい。  玲史の居所がわかった。  まだ100パーじゃないが、ほぼそこだろう。  そこのはず。ほかに候補がないんだ。そこであってくれ……! 「よし! ホテルの906号室……突撃するか」 「いきなり行っても、開けてくれないんじゃん?」 「ブチ破ってやる」 「ホテルのドアって内開きだもんな」 「警備に即捕まるって」 「騒ぎになって困るのは向こうだ」 「じゃあ、すんなり入れてくれんじゃね?」 「ま、行ってみてからってことで」 「アイツら……ただじゃおかねぇ」  もし、玲史を……。 「幸汰(こうた)?」  たまきが言った。 「どしたよ? 嬉しくねぇの?」  そういえば……幸汰はほとんど喋ってない。『隣の906』が解けても、たまきと坂口と俺の会話に加わらず。驚きもせず。恋人を心配してるにしては反応がなさ過ぎだ。 「わからない」  視線の先で、幸汰が溜息をつく。 「行っていいのか、行かないほうがいいのか」 「は!? いいも悪いもねぇだろ?」  そこがどこか、やっとわかったんだ。行かないって選択肢はない。あるわけがねぇ。 「たまきと神野の電話で確実になったのは、清崇と玲史くんが強要されてるんじゃないってこと。今そこにいるのも、やられるのも」  嫌な事実に顔をしかめた。 「そりゃそうかもしれねぇが……俺は、玲史を助けに……」 「もう間に合わない」  聞きたくない、高い可能性がある現実を口にする幸汰。 「助けは不要だ。むしろ、迷惑になるとは思わないか?」 「そ……」  言葉に詰まる。  電話での幸汰の問い。 『間に合ったとしても、本人が助けを拒んだら?』  俺の答えは『その時考える』で、変わらない。  どうするか……今考えても答えは出ない。 「俺が玲史を助けたいんだ」  頼まれたとかじゃない。  望んでないかもしれない。  邪魔になるかもしれない。  迷惑かもしれない。  俺に守られなくても、大丈夫かもしれない。  けど。  玲史が俺を守りたいと思うなら、俺も玲史を守りたいと思ってもいいだろ。  玲史が俺を守るためにそこにいるっていうなら、俺も玲史を守るためにそこに行ってもいいだろ。  俺の意思だ。 「俺に黙ってひとりで決めて、玲史はそこに行った。なら……俺も勝手に動く」  玲史のところに行く。  場所がわかったってのに、ここで時間ムダにしてる場合じゃねぇ。 「邪魔するな。迷惑だ。帰れ……」  立ち上がり、幸汰を見つめる。 「あいつにそう言われりゃ、引く。あんたは?」

ともだちにシェアしよう!