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125 待ってろ:S
「行くよ」
憂鬱そうに、幸汰 が頷いた。
「俺ひとりなら行かなかったかもしれないけど」
「やっぱわかってたんだ、幸汰さん」
そう言って、坂口が俺を見る。
「隣の906ってヒント聞いてすぐさまスマホいじって、難しい顔してたからさ。ホテルが判明してからもずっと」
わかってた……?
「お前が居所突き止めなきゃ、黙ってたかもな」
わかってて……教えなかったってことか?
「おい!」
幸汰にかがみ込むように詰め寄った。
「何で……? どうやって!?」
「言ったろ。俺が行けば清崇 が困るかもしれない。やられることで得る何かをブチ壊すかもしれない。だから、迷ってたんだ」
眉を寄せた。
迷う必要なんかないだろ……って言葉を飲み込んだのは、迷いが出たわけじゃない。
俺が玲史を助けに行くのは変わらない。
俺は玲史を守る。
助けられたくないとしても。たとえ、間に合わなくて……助けられないとしても。
信じるんだろ。
俺は玲史を守れる。
だから、迷わない。
迷わないが……怖い。
間に合わなかったら。
玲史が今、どんな目あってるのか。
大丈夫じゃなかったら。
自分に何も出来なかったら。
それ以上に。
玲史を困らせちまったら。
何かをブチ壊しちまったら。
そう思うと、そっちに考えてくと……怖くなる。
怖くて、動けなくなっちまう。
幸汰が迷うのも理解出来る。
「あいつのスマホに入れてある追跡アプリで、角南 で電源が落とされたのがわかって。『隣の906』で、セレニティホテルにいるのがわかった」
淡々と、幸汰が説明する。
「何だよ。早く教えろって」
「どうするか決めてから言うつもりだったんだ」
口を挟むたまきに、幸汰が肩を竦め。
「きみが行くなら俺も行く。助けが必要な状況なら、一緒に助けよう。だけど……」
俺を見つめる。
「もし、清崇の邪魔になるなら……きみを止めるよ」
「……わかった」
その時は、玲史の邪魔にもなる時だ。
どうするかを考えるのは、その時……。
『……邪魔しないのが一番だと思うけど……』
沢渡が言ってたのを思い出す。
何もしないのが自分に出来る最善の策ってのは、キツい。
ただ待つしかないってのは……。
「お前も。何かあるなら吐けよ。ずっと考え込んでるだろ」
坂口に言われ、沢渡 が視線をこっちに向け。
「友井先輩……この件に関係ないと思いたかったけど、八代先輩と今朝一緒にいたなら……今も一緒ですよね」
「だろうな。俺だって、友井がそういうことするヤツとは思えねぇよ。リュウさんも。まぁ、レイプじゃないっぽいけど。で?」
「もう、場所がわかってるから今さらだけど……」
「何?」
坂口に急かされ。
「セレニティホテルの経営者は友井先輩の父親です」
新たな情報を口にする。
「へー初耳。よく知ってるな。お前、友井とそんな近かったっけ」
「……たまたま、友井先輩と親しい人と話した時に聞いたことがあって」
確かに、今さらだ……が。
もし。
たまきが角南で友井を見かけてなかったら。
幸汰が、追跡アプリのことを黙ったままだったら。
この情報は重要だったはず。
「きっと、そのツテでそこを使ってるんだと思います。高畑さんたちと……会うのに」
沢渡が俺を見る。
「最初から、そういうことのために部屋を用意して。高畑さんたちは、それを承知でそこに行った。だから……」
俺が助けに行くのは反対ってか?
玲史の邪魔になる。
余計な真似しないほうがいい。
だから、黙ってたのか?
俺が玲史を探すの、手伝うっつったろ? 俺とつき合ってるのがバレない限り、俺の邪魔もしないんじゃなかったか?
「そこに行って出来ることがあるのか、考えてました」
睨む俺から目を逸らさず、沢渡が続ける。
「助けるんじゃなく、邪魔するでもなく。高畑さんのために何が出来るか……って」
玲史のために……俺に出来ること……。
守るために、出来ること……は、何だ?
「とにかく、行こうぜ。角南」
たまきが腰を上げ。
「そうとしか思えないってことでも、本当の本当は違うってこともあるからよ。まずは確認だ。俺は納得いかねぇ」
「そうだね。本人に聞かない限り、真相はわからない」
幸汰がそれに倣う。
「そもそも。清崇は何で恨まれてるのか。トラブルの原因は前の男だっていうが、その男が神野の恋人なのか?」
「いや。あいつは長く続いてる女いるし。両刀だっつう話も聞かねぇ」
「リュウさんの彼女って中学からの?」
聞きながら、坂口も立ち上がる。
「儚げでキレイな人」
「たぶんな。一緒にいるとこ何度か見かけた」
「なのに、何で……マジでわかんねぇよ。あのリュウさんが八代とツルんで、友井まで……って」
俺と見合ったままだった沢渡が、微かに唇を動かして目を伏せて。黙って腰を上げ、いち早くテーブルを離れた。
「川北」
まだ何か隠してそうな沢渡の後ろ姿を見つめる俺の肩を、坂口が軽く叩く。
「沢渡の言うことも一理あるけど。お前が高畑を助けたいっての、間違っちゃいねぇからさ」
「……はい」
「大事なのは助け方だろ。何が出てきても、怯むなよ」
「……わかってる。大丈夫です」
俺に何が出来るのか。
玲史が何を考えてるのか。
まだ、わからない。
それでも。
そこに行く……待ってろ、玲史。
ファストフード店を後にして。俺たちは角南駅へと向かった。
電車内で、これからの動きを話し合う。
A案。
セレニティホテルの906号室に直行する。
部屋のドアが中から開けられたら、それでOK。開きさえすれば、騒ぎを起こさず中に入れる。入ってからは状況による。
部屋の中から応答がない場合、多少の騒ぎは覚悟して強引に突入を試みる。
ホテルと関わりのある友井がトラブルを避けたいならうまくいくが、すぐさま警備を呼ばれる可能性もある。
B案。
どうにかホテルの内線で連絡を取る。
少なくとも、一度は繋がって話が出来るはず。俺たちを部屋に入れるか外に出て来て話をするか……脅しをかけてでも選んでもらう。
その他に。上下もしくは隣の部屋から906号室に侵入する案も考えたが、ほぼ不可能だろう。
C案。
906号室にいるだろう人間に、電話する。
電源が落とされてない場合。何度もかけ続ければ、出るかもしれない。
これは今、実行してる。
玲史にかけたが、電源オフ状態。
幸汰がかけた清崇も電源オフのまま。
八代たち同中の先輩の敵に回れない沢渡は、電話せず。
たまきが神野にかけた電話は呼び出しになるも、繋がらず。たまきが通話タップを繰り返す。
坂口も。連絡先を知ってる友井と神野に電話するが、呼び出しになるも繋がらない。
「友井にメッセしてみるわ」
スマホをタップし始める坂口に。
「高畑さんに恋人がいることは絶対に言わないでください」
強い声で、沢渡が言う。
「川北さんのことがバレたら、高畑さんがすごく困るから」
「何だそれ……ま、言わねぇよ」
不審そうな顔を向けるも、坂口が頷いて。
「オッケー。送信」
スマホの画面をこっちに向けた。
「言いたいのはコレ」
『いつの間にクズになった? 片思いの本命が悲しむぜ』
「友井、すっげー好きなヤツいるから。バレてもいいのーって軽い脅し。何で俺がこの件知ってんのかも、気になるだろ」
そのメッセージに友井が反応するかどうか……てより、すぐ読むかどうか……。
「坂口先輩は知ってるんですか? 友井先輩の好きな人が誰か」
「あいつだろ。あの……」
沢渡の問いに答えながら、坂口がスマホに視線を落とす。
「あ。既読つい……」
坂口の呟きに、電話のコール音が重なった。
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