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126 今、何を思ってる?:S
「友井だ!」
坂口がスマホを耳にあて。
「おい! 友井か!? お前いったい何考えてんの? 何やってんだよ!? 高畑たちに手出すな!」
一気にまくし立て。
「何が無理……」
言葉を止めた。
そして、険しい顔で俺を見やる。
友井が何て言ってるのか聞き取れないが、嫌でも見当がつく。
そこにいる人間からの内容。俺にとって悪い内容。すでに得た悪い情報より悪い、残る少しの希望を砕く内容……。
「今すぐやめろ! やめさせろ!」
坂口のセリフに一瞬、身体が震えた。
怒りと憎悪で熱くなる頭を、恐怖と無力感が覆う。
それでも。
目の前が真っ暗になったりはしない。
「何で……リュウさんのトラブルで……お前がそこにいる理由あんのか!?」
坂口と友井の会話は続いてる。
「は……? お前の?」
「高畑のダチが突き止めた。今向かってる。もうすぐ着くぜ」
「っざけんな! 今すぐやめさせろ!」
「クソが……! 何でお前が……」
「は? 何言って……おい! 友井!」
通話を切られたらしいスマホの画面を乱暴にタップして見つめ、坂口が舌打ちした。
誰も、何も聞かない。
聞かなくてもわかったことを口にしたくないのか。俺か幸汰 が口を開くのを待ってるのか。坂口が話すのを待ってるのか。
幸汰と目が合った。
俺と同じ立場の男。
恋人が自分に内緒で動いてる何かのために、ほかの男にやられるのを……助けられなかった。
もう……『もし』じゃない。間に合わなかった。手遅れだった。
なのに。
幸汰の瞳は静かで。
怒りも憎悪も無力感もあるはずなのに、静かで。
俺に軽く頷いて。
「きみの友達、何だって?」
坂口に尋ねる。
「すでにわかってること以外に、新しい情報はあった?」
「あ、えーと……友井の理由が……」
冷静な幸汰にとまどうような表情で、坂口が答える。
「リュウさんだけのトラブルじゃなくて、リュウさんと友井の復讐で……勝手な自己満足だ……って。意味わかんねーけど」
「たまきの言ってた、神野の一方的な恨みから復讐……か。原因は前の男っていうなら、それが友井?」
「あり得ねーよ」
坂口が首を横に振る。
「あいつ、好きなヤツいるし。フラれたからって、逆恨んで復讐とかするタイプじゃねぇし」
「でも、実際に今してる。きみがいうところのクズの行為を、何かの復讐で」
「そうだけどさ……」
「正確には、清崇 の前の男は玲史くんだから。前っていっても、その男は前の前。半年以上は経ってる。誰かはわからないけど、何で今なのか」
「最近、そいつに何かあって。都合よく清崇のせいにしてんじゃねぇの? で、そいつの代わりに仕返し? 神野と友井の共通のダチとか」
たまきが言う。
「まぁ、そこまでするダチは怖いっつーか……イカれてるだろ。もとからのクズじゃねぇならさ」
確かに。
友達のため、理不尽な恨みを晴らすため……復讐代行として、レイプする。厳密にはレイプじゃないが、脅して同意させたなら同じことだ。
それは身をもって知ってる。
クズの所業だ。
自分のためだとしても、よほどじゃなけりゃ選ばない。いや。よっぽどの理由があっても、選ぶヤツはそういない。
根っからのクズでなけりゃ、やる気にならないだろう。
誰かのために、ソレをやる。
ダチのためにやれるか?
家族のためだったら?
恋人のためだったら?
玲史のためだったら、俺は……やれるか?
ほかに方法がないなら。ほかの選択肢がないなら。ソレをしなけりゃ、玲史がどうにかなっちまうなら。
ソレをすれば玲史が救えるなら?
ソレしかなかったら……やれちまうかもしれない。
窓の外に角南 のホームが見えてきた。
玲史のところまであと少し。
ほかのことを考えても、気は逸れない。胸を掻きむしっても鎮まらないだろう何かを抱えたまま、目を閉じる。
玲史……今、何を思ってる?
何を、望んでる?
たとえ、お前が望んでなかったとしても……助けたかった。
まだ、俺に出来ることはあるはずだ。
全てなんて欲は張っちゃない。何かを、どこかを…………俺は守りたい。俺が守る。俺は守れる。
もうすぐだ。
俺が行く。
俺がいる。
駅を出て、真昼の陽射しの中。探さなくても視界に入る高い建物を見上げた。
セレニティホテル。906号室。そこに、玲史がいる。
「紫道 くん」
まっすぐにホテルへと足を向ける俺を、幸汰が止めた。
「焦る気持ちはわかるけど、今すぐ部屋に突撃するのはやめておこう」
「は? ここまで来て、ほかに何があるんだ?」
あくまでも落ち着いた様子の幸汰にイラついて。
「よく平気でいられるな。今! あそこで……!」
電車で話されなかった現実を口にしかけ。
「清崇と玲史くんが神野の仲間にやられてる」
ハッキリ言葉に出され、奥歯を噛む。
深呼吸して、幸汰を見据える。
「ハナから間に合わねぇと思ってたあんたにとっちゃ、急ぐ意味はねぇんだろうが……俺は1秒でも早く玲史をあそこから連れ出す。ひとりでも行くぞ」
「まぁ待てって」
止めたのは、たまきだ。
「まず、俺が行ってみる。門前払いで騒いだらどうなるか、実験台になるぜ」
「必要ねぇ」
「ガードにつまみ出されて、二度と部屋に近づけなくなっちまってもいいのか?」
「そりゃ……」
「状況がわかるようにそっちと通話にしとけば、お前らがすぐ次の手打てんじゃん?」
「ここまで来たら確実に。今回みたいな場合は、そのほうが結局は早い。俺は清崇に早く会いたい。きみも、玲史くんに会いたいだろ?」
幸汰にじっと見つめられ。
「いい案だと思うぜ。ダメだったら次は俺が行くよ。どうにかしてもう一度友井と話す」
坂口に言われ。
「高畑さんは大丈夫です」
沢渡に言われ。
溜息とともに頷いた。
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