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131 俺を守るため:S
『906号室の前に着いた。9階の部屋はスイートルームってヤツらしいな。見張りはいない』
スピーカーにした幸汰 のスマホから、たまきが報告する。
角南 駅前。セレニティホテルの隣のカフェ。スマホを囲むのは、俺と幸汰と坂口と沢渡の4人。
『廊下に監視カメラはあるぜ』
「宿泊客以外がフロアに入るのは禁止だけど、今日その部屋を友井が使ってるのは知ってるはずだから……友達とみなされればスルーなんだろう」
クズのダチに見られるのは胸糞悪いが、幸汰の言葉にホッとする。
『んじゃ、行くか』
たまきが部屋の呼び鈴を鳴らす間が空く。
『来いよ……』
たまきの呟き。
無音の間が続き。
『ダメだ。何度押しても出ねぇ。おい! 神野 !』
神野を呼ぶ声と、拳がドアを叩く音。
待つ。
誰かがドアを開けるか。
監視してるガードが駆けつけて来るか。
中からの連絡を受けたガードが来るか。
約1分後。
『騒ぐな。でなけりゃ、ここの警備員に通報してもらう』
小さいが聞き取れる音量で、たまきじゃない男の声がした。
『開けろよ、神野。サツ呼んで困るのはどっちだ?』
『お前だ』
『輪姦は親告罪じゃねぇぞ。今すぐ2人を解放しろ』
『合意の上でやってる』
ふざけんな!
そう怒鳴りたいのを必死に抑え、たまきと神野の会話を聞く。
『よく言うぜ。脅して、だろ?』
『こっちは何も質に取っていない。選んだのは2人だ。電話で話した通り、ヤツらの意思でここにいる。邪魔をするな』
『わかんねぇ……何のために2人してやられんだよ。何か……お前が飲んだ条件とか、あんだろ?』
数秒の間。
『教えてくれ』
数秒の間。
『コレを限りに2人と関わらない……それだけだ』
神野が答え。
『だけ……って。つか、アイツらに何の恨みがある? お前に何もしてねぇだろ? 誰の復讐してんだ? 友井って後輩か?』
『……お前には関係ない。消えろ。次は即通報する』
さらに重ねるたまきの問いには答えず、最終警告。
『ほかのダチが来てもだ。伝えておくといい』
『待てよ! 神野!』
扉1枚を隔てた向こう側から気配が消えたのを感じたのか。一度呼んで、たまきが黙り。
『そっちに戻る』
俺たちに言って、通話が切れた。
「どうするか……じゃねーな。友井にかけるわ」
最初に口を開いた坂口がスマホをタップし耳にあてるのを、無言で見守る。
期待はしてない。
たぶん、電話には出ないだろう。
たとえ出ても、何を期待する? 何が期待出来る?
友井にだけじゃなく、この状況に。
望めるもんがあるとしたら何だ?
「出ないねー……でも。出るまで延々、5分おきにかけるかな」
溜息をついた坂口が、隣の俺を見て。
「どうする? じゃねーな。どうしたい? お前と……」
俺の正面に座る幸汰を見る。
「幸汰さん。2人の意見が優先でしょ」
玲史とつき合ってる俺と、清崇 とつき合ってる幸汰。
次の手を俺たちが決めるべきなのは、わかる。坂口と沢渡には荷が重い。
警察沙汰にされても神野は困らない。ハッタリじゃなく。今906号室で行われてることは、犯罪にあたらないんだろう。
本当に、玲史と清崇の意思で……やってるんだろう。
本人の口から聞くまで信じたくない。認めたくない……が、そのために強硬手段で部屋に押し入ったら……。
邪魔をすることになっちまう。
沢渡に散々言われた。
幸汰にも……。
『俺が行けば清崇が困るかもしれない。やられることで得る何かをブチ壊すかもしれない』
玲史がやろうとしてること。望んでること。得ようとしてるモノ。ソレを俺がブチ壊しちまったら。
守るどころか……俺が傷つける。
守りたいのに。
俺が。
玲史を……。
「助けが必要な状況じゃないのに行くなら、俺たちが行きたくて行くことになる。清崇と玲史くんのためじゃない」
見回した視線を俺に留め、幸汰が話し出す。
「むしろ、害になる確率が高い。そうなったら、やられ損だ」
「そ……」
考えてたことを的確に言われ、言葉が出ない。
「今すぐやめさせたい。早く会いたい。けど……邪魔はしたくない」
俺も同じだ。
俺だってそう思ってるが……。
「玲史くんも、たまきに邪魔するなって……それは、俺ときみにも向けられてるはずだ」
そう、だ……。
玲史が……その『邪魔』は……俺がそこに行くこと……なのか?
「そこまでして、神野との関わりを絶ちたい理由がある……清崇に確認が取れないなら、信じるしかない」
「あんなクズどもの言い分を……!?」
冗談じゃねぇ……。
「神野のことは信じてないけど、俺は清崇を信じてる」
幸汰が俺をじっと見つめ。
「あいつはわかってるよ。俺に内緒でほかの男に抱かれたら、俺は怒る」
続ける。
「乱交パーティーに参加なんてもってのほかだ。どんな理由があっても、心底怒る」
続ける。
「今、腹が焼けるほど怒ってる。きみは?」
「俺は……」
聞かれて、怒りの感情を探す。
神野。友井。八代。城戸 。クズどもへの怒りはある。とてつもなくデカい怒りだ。今目の前にいたら、半殺しにしても飽き足らねぇ。
玲史には……。
玲史に、俺は……怒ってるか?
ない。
そんな感情じゃない。
いや。
そりゃ、頭にはきてる。
俺に黙って。何も言わず。勝手に。俺の大事な玲史を!
けど。
「玲史には怒っちゃいない」
俺のモノだっていう自信がないからか。本気で好かれてる自信がないからか。
情けねぇ。
「玲史も、俺が怒ると思ってないだろ」
「……そうかな。玲史くんも、きみが怒るのを承知で選んだと思う」
「やられることをか? ヤツらの恨みってのを晴らさせるために? 脅しかけられてるわけでもねぇのにか?」
語気を強める俺に、幸汰が首を横に振り。
「選んだのは、最優先するモノ。俺ときみだよ」
問いに答える。
「は……!?」
「神野との関わりを絶つため。脅されてなくても弱みはある。これも、俺ときみだ」
答える。
「あんたと、俺……」
後回しにしてた思考が形を成す。
玲史が優先したのは俺。
玲史の弱みは俺。
俺を守るため。
考えなかったわけじゃない。
沢渡に聞いた時から頭にはあったが、信じられなかった。
俺を守るために、玲史が……。
「俺が怒るってわかってるのにやられる理由は、ひとつしかない。そうしないと……俺が危ないからだ」
幸汰が沢渡を見る。
「きみも言ってたよね」
「はい」
沢渡が頷いた。
「守るためにそうしてるなら、理解出来ます。高畑さんと清崇さんが恋人同士のフリをしてるのも。これで終わりにしたいのも」
「お前と幸汰さんのこと、どうしても知られたくないんだろ」
坂口が言う。
「高畑と清崇さんが切れてるってなれば、今つき合ってるお前たちが的にされる可能性があるから」
「バレたら、何かされるかもしれない」
「だから、ここで終わらせる。そのためにリュウさんの言いなりになってやらせるって……マジスゲーな」
「高畑さんは、どうしても川北さんを守りたいんです」
沢渡の視線が俺に向く。
「紫道 くん」
幸汰の視線も。
「前にも言ったけど。清崇の邪魔になるなら、俺はきみを止める。きみは…どうしたい?」
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