156 / 167
156 今、話さねぇと!:S
「気つかわなくていいのに」
ほんの3秒後。合わせた目を瞬いて、玲史が笑う。
「ひとりで……って。僕のほう、時間制限しなきゃいけなくなると思った?」
「いや……」
「弾む話なんかないし。もっと話したくなるとか、ないし」
「そ……」
「6時半には戻れるよ。遅くても7時。だから……」
「玲史」
遮った。
「そうじゃない。お前のためじゃなく、俺の都合だ」
ハッキリ言う。
「俺が、康志 と2人で会いたいんだ」
「……何ソレ。浮気? 僕じゃ足りなかった?」
「んなわけあるか!」
急いで否定する。
「あり得ねぇだろ。そういうんじゃなく……」
「何? どういうの?」
言い淀む俺に聞く玲史は、まだ笑顔だ。
「康志のことは、俺が自分でケリをつける……つけなけりゃならないんだ」
「……ふうん。じゃあ、手も口も出さないで見守るだけにしてあげる」
「いや。お前に……いてほしくない」
少し、声が上ずった。
本心には違いない……が、それでも。
一緒にいたくないって意味のセルフを吐くのはキツい。
「来るなってこと?」
「……ああ」
「僕がいると邪魔?」
「……そうじゃねぇ。ただ……」
何て言やいい?
「ただ何?」
「コレは、俺と康志の問題だ」
クズでバカな康志と、ちゃんと向き合わずに避け続けた俺の……玲史に会う前の……。
恋愛ってモノを知らない、人を好きになるってコトを知らない……。
玲史を好きになる前の……。
だから……。
「お前には関係ない」
口にした瞬間。
しまった、と思った。
事実でも、伝え方で伝わり方は変わる。
言葉を選ぶべきだった。
アトノマツリだ。
「そう」
玲史の顔から笑みが消えた。
「わかった。2人で会って心行くまで内緒話、楽しんで」
「玲史……」
何が足りない?
何て言い直せばいい?
何を、言やいい?
「俺は……」
康志にひとりで会いたい理由。会うべき理由。玲史にいてほしくない理由。関わらせたくない理由。関係ないっていう理由。
何から伝えればいいんだ?
何でもいい。
全部伝えろ。
「聞いてくれ。康志が俺に会いに来たのは、たぶん……」
「ストップ。クズの話はあとで聞く。きみが自分でケリをつけたあとで」
玲史が冷えた表情で広角を上げる。
「トイレ寄るから先行くね」
「れい……」
「あ。僕のほうもひとりで会うよ。きみには関係ないから」
待て、と止める隙はなく。駆け出した玲史は、昇降口へ向かう人波に紛れた。
「追わねぇの?」
佑 に言われ、大きく息を吐く。
「追うに決まってるだろ」
裏腹に。足は動かず。
「いや。今は……追わないほうがいい……のか?」
わからない。
俺の気持ちを伝えるには、康志の話は不可欠で。
康志の話を今、玲史が聞く気がないなら……玲史のいう通り、あとにしたほうがいいのかもしれない。
けど。
あとじゃなく。今。康志と会う前にしなけりゃダメかもしれない。
玲史を怒らせた……いや。傷つけちまったのか?
「どうかねー。高畑のこと、あんま知んねぇからさ。でもよ。関係ねぇっつわれんのは、ちょっとクるな」
佑の意見に、再び大きく息を吐く。
「わかってる。反省してる。それは今すぐ謝らなけりゃ……」
「違うって。プラスにグッとクる。逆に『俺には関係ない』って言われるほうが多いけど、突き放されんのも時には必要っての?」
「は……?」
「恋人は、自分のモノでも別の人間。依存と束縛はNG。プレイ外の支配と服従もNG」
「何……」
「シンの持論。ずっと2人でいるための秘訣はそれぞれがひとりで立てること、ひとりで立つのを邪魔しないこと……だってよ」
佑がニヤリとする。
「自分でやれとか、俺の問題にシャシャるなとか。シンに言われっと愛を感じるぜ」
「……そうか」
佑とシン先輩の関係は、それでうまくいってるんだろう。お互いにわかってるならいい……が。
俺と玲史は?
言葉の意味は同じか?
すれ違っちゃいないか?
やっぱり。
今、話さねぇと!
「まぁ……俺の見たとこ、高畑のアレはスネてるだけじゃね?」
「そ……うかも、な。悪い。また、あとで……」
「おう。頑張れ!」
佑の言葉を背に、走り出した。
わずかに痛みの残る足腰をフルで動かし、玲史がいるはずのトイレへ。
「紫道 !」
中に入る前に、出てきた玲史に呼ばれた。
「將悟 が僕たちのこと心配してたみたい」
「お前は休み。紫道は2限サボっていなくなるし。マジで心配したぞ。何かマズいトラブルでも……って」
隣にいる將悟が、玲史の明るく元気で機嫌よさげな声の理由か。
友達に心配させたくない。されたくない……いや。
さっきのは気にしてなくて、本当に機嫌がいいのかもしれないが……。
「全然大したことなかったし、解決したから大丈夫。ね?」
「……ああ」
大したこと、だった。とてつもなく。
昨日1日で、いろいろあって……いろいろわかった……。
曖昧に頷く俺をじっと見て、將悟が眉間に皺を寄せる。
「紫道……どうしたソレ!?」
將悟の視線は俺の首元。首にある、生々しい傷。隠せないから仕方ない。
「コレは……」
目を伏せた。
愛の証し。
玲史の言葉を思い出し。
自分が口にした言葉を思い出し。
いろいろ、駆け巡り。
言葉に詰まった。
「まさか……誰……にやられた?」
黙り込んだせいで、將悟に勘違いさせ。
「何があった? 本当に大丈夫か?」
「大丈夫。僕以外にソレ、つけさせるわけないじゃん。やられたのは紫道じゃなくて僕。だから、欲情マックスでやり過ぎちゃったの」
言わなくていいことを、玲史に言わせた。
「え……? 僕……やられ……? やり過ぎ……って……」
「昨日。僕がクズどもにマワされて、そのあと紫道を抱きまくったの。首のソレは僕たちの愛情表現。きみにはわからなくても、僕と紫道がわかってればいいでしょ」
「そ……うだな……じゃなくて! お前……大丈夫なのか!!?」
「もちろん。紫道がやられてたら大丈夫じゃないけどね」
不敵に微笑む玲史。
間が開いて。將悟が小さく溜め息を吐いた。
「何かあったら力になるから。涼弥の時、助けてくれただろ。お前も頼って」
「オッケー」
「紫道、お前も」
「ああ……」
余計なことは聞かず言わず、將悟は友達としての距離を置く。
必要な距離感。適度な距離感。
恋人としては、どのくらいがいいのか。
離れ過ぎてちゃ遠過ぎる。
重なり過ぎてちゃ近過ぎる。
玲史と俺は今、どのくらい離れてる……?
予鈴が鳴った。
「じゃ、行こっか」
玲史が言い。3人で教室へ向かう。
始業前に玲史と話す時間はなくなった。
ともだちにシェアしよう!