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157 よっぽどのコト、なの?:R
1限終了と同時に聡 の席に向かう僕を追って来た紫道 に、自然な笑みを浮かべた。
「ごめん。今、聡の相談にのるところだから」
始業前に話しかけられて、時間がなくて。聡には悪いけど、ちょうどいい口実。
「なら、次の休み時間に……」
「こっちが終わるまで無理」
「あ……じゃあ……」
困り顔の紫道を困らせるの、おもしろい。
「昼は見回り。放課後はお互い、予定あるし。ゆっくり話すのは明日でいいよね?」
「玲史……」
「何?」
「いや……また、あとで……」
静かな溜息を吐いて、紫道が去る。
淋しげなその後ろ姿に、ちょっぴり胸が疼く。ちっちゃなトゲが刺さったみたいな、罪悪感……だけじゃなく。意地悪い満足感もある。
だってさ。
おもしろくなかったんだもん。
小さいけど鋭いトゲ、刺さったんだもん。
お前には関係ないって言われたんだもん!
つき合ってるのに。
恋人なのに。
関係なくないじゃん?
過去のクズと2人きりで?
何話すの?
僕にいてほしくない……って、何で?
「つき合って間もないのに、もうケンカ?」
紫道とのやり取りを聞いてた聡が言う。明るい声で。おもしろそうに。
「ケンカなんかしてない。紫道が勝手なコト言うから、僕も勝手にしてるだけ」
「やっとで落としたんなら、大事にしないと」
「してるよ。昨夜も何度もイカせたし」
「それはアソビも同じでしょ。そういうんじゃなくて」
経験の多さでタメ張る聡はセックスに詳しくて。タチネコの立場は違えど、意見は参考になる。
そして。僕と違って、恋愛感情ナシでセックスはしないのが基本スタンスらしい。
だから、聞いてみる。
「どういうの?」
紫道はトクベツで大切。
だから、大切にしてる。してるつもり……なだけ、なのかなぁ。
大切にするって目に見えないから、よくわからない。愛するとかとおんなじで。幻じゃないかもだけど、アヤフヤで……何だろ。大切なモノかどうかはわかるのに、具体的にどうやれば大切に出来るのか。
わからないのは、知らないコトだから。
大切にされたことがないから。
あーでも。
僕を大切に思うヤツがいるってことを知ってくれって、紫道が言ったから。僕を大切に思ってくれてるから。その感覚はわかるから。
大切にするっていうのも、わかるはず。
性欲が絡まない愛情表現も、されて初めて知ったし。
軽いキスとか首の傷みたいに、見えるやつならわかりやすい……。
「言っとくけど。やってる時に痛くしたり咬んだりするのは、プレイだから。雑に扱ってるんじゃないし。紫道も嫌がってないし」
「SM趣味は関係なくて」
聡が首を横に振る。
「大事にするのは、身体じゃなくて心。気持ち。自分と他人。重要なのは、思いやりとリスペクト」
思いやって……るかな。足りない? 紫道の身になって考えるとか?
リスペクトは……。
「尊敬してる。紫道はイイ男だもん。かわいいし……」
「そっちも重要だけど、尊重のほう。川北の意思とか考え方とか? ちゃんと尊重してる?」
あ……話したいっていうの、拒否ったばっか。
「川北は温厚っていうか、我を強く出さないタイプでしょ? 心底嫌じゃなきゃ、言うこと聞いてくれそう」
「うん」
紫道はやさしいから。
僕を、好きだから。
「逆に。きみが嫌がるのにしたいって言う場合は、よっぽどのコトなんじゃない?」
そう……かも。
基本、紫道は従順で。セックスでは僕のやりたいコトさせてくれて。ほかでも、ほとんど僕の好きにさせてくれる。
なのに、今朝のは……だから、つまり……紫道にとっては……。
よっぽどのコト、なの?
康志 と会う場に、僕にいてほしくない。自分ひとりで会う。
ソレを僕がおもしろくなく思うだろうって、わかってるよね。関係ないって言われた僕のキゲンが悪くなるのも。
なのに、言った。
そして、その理由を聞いてくれ……って。
なのに、聞く耳持たず……って。
「だから、その時はちゃんと尊重してあげないと。自分も相手も等しく価値あるモノなんだから」
聡の言うことはもっともで、理解も納得も出来ること。ただ……実践してなかった。尊重してなかった。
「ぁー!」
小さめの音量で唸って。
「ムカつく」
呟いた。
「恋愛の先輩ぶって、ちょっとウエメセだったかな」
聡が笑う。
「川北と微妙な空気で。余裕なさげな玲史って、珍しくて」
「いいの。実際、きみは先輩だし。余裕ないし。ムカついたのは自分にだから」
大きく、溜息を吐く。
「あーレンアイってムズカシい。聡はスゴいね。こんなの、何人もとやって」
「ソレ、褒めてるのか貶してるのかわかんない」
「褒めてるの。きみのおかげで、どうすればいいかわかった。紫道と話す」
紫道を大切にする。
思いやって、リスペクトして。尊重する。
ちゃんと聞く……。
「待って」
微かに寄せた眉を離し、聡が悪い顔で唇の端を上げる。
「恋愛には駆け引きが必要な時もあるから、少し焦らすのもいいかも」
「え?」
「セックスと同じ。焦らされたあとのほうが効くじゃん」
「ソレはそう……」
だけど。
こっちのテクは自信ない。
どういうふうにどれくらい焦らせばいいのか、わからない。もうすぐイキそうとか。ココがイイとかなら、わかるんだけど。
「川北がきみと話したがってるなら、ちょっとだけ時間置いたら? 素直になる前に一度素っ気なくしたり」
すでに一度、突き放しちゃってるから……。
「じゃあ、3限終わったら……あ!」
忘れてた。
「きみの話、聞いてない。岸岡のことだっけ」
聡の話を聞きに来たのに。
やっぱり余裕ないっていうか、頭の回転が不整脈っぽいっていうか。
こんな自分はマジ知らなくて。
こんなモヤモヤチクチクキリキリは、マジしんどくて。
でも。
紫道が好きだから。
この気持ちを知らない自分に戻りたいとは思わないの。
レンアイって……幻のくせにマジ厄介、だなぁ。
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