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161 ほしい未来のために、だ:S

 授業の内容の代わりに頭の中を埋めたのは、望む未来のイメージだ。    玲史と話をする未来。  玲史に気持ちを伝えてわかってもらえる未来。  康志(やすし)と2人で会ってケリをつけて玲史に報告して、笑い合える未来。  自分のためにほしい未来。  恋愛は自分のため。それが全てじゃないだろうが、それナシはあり得ない。  自分のために動く。  迷わずに済む、シンプルな指針。  コレで行く。  話を聞いてくれるまで、玲史につきまとってやる。  昼休みの前半、風紀の見回りを始まるまでの20分。5限後の休み時間。放課後、玲史が電車に乗るまで……いや、玲史のマンション前までついてく。足りなけりゃ、玲史が母親と会って帰ってくるまでそこで待つ。玲史の帰りを待つのは苦にならない。康志を待たせるのもツラくない。  俺のために決めて動く。  意気込んで、4限終了の号令と同時に席を立ち。いち早く玲史のところへ行こうとして、前の席のヤツにぶつかって。ヤツのバッグの中身を床にぶちまけちまって、謝って拾って……そうしてる間に、玲史はいなくなった。  廊下にはいない。トイレにもいない。購買に走るも、玲史は見当たらず。  いったい、どこに行っちまったんだ!?  思いつかない。  いつも。ほとんど、昼飯は一緒に食ってた。つき合ってからも。つき合う前も。  そんな近い友達だったくせに。行き先の見当もつかない……つうか、ひとりか? 誰かと一緒か? そういや、新庄……いない。新庄といるのか? どこに? 「どうした?」  息を切らして教室を見回す俺に、(かい)が尋ねる。 「今度はお前?」 「今度……?」 「さっき。玲史が、お前がいないどこに行ったか知らない?……って」 「さっき……は、急な風紀の仕事で……」 「んじゃ、しょーがねーよな」 「……その前から、ちょっと……機嫌損ねちまってて。すれ違いっつうか……」  話を聞いてもらえなかった……が、俺を探してたなら……けど。今いないってのは、また……機嫌が悪い方向に……。 「いや。大丈夫だ」  自分に言い聞かせる。  前向きになれ。 「俺たちは大丈夫だ」 「そーね。すれ違っても同じとこ向かってれば近くにいんじゃん?」 「ああ……」  そうだと思いたい。 「玲史、今のお前と同じ顔してたぜ」  どんな……って聞く前に。 「マジな恋愛してる顔」  凱が言って。 「ほしいもん、初めて手に入れたんだろ。あいつはお前のこと逃がす気ねーよ」  広角を上げた。  2分でパンを食い。校舎の外へ。  何がなんでも玲史を見つけなけりゃって気負いが薄れたのは、凱と話して気持ちに少し余裕が出来たせいか。自分のためだと意識して動いてるからか。  自分でも単純だと思うが、瓜生(くりゅう)のアドバイスと凱の言葉で頭がクリアになった。自分を信じていいと思えた。この自信は思い込みじゃない。  玲史を好きだってのは、幻じゃない。  俺のために、玲史が好きだ。  そのほうが都合がいいからじゃなく。玲史のためじゃなく。  ほしい未来のために、だ。  俺のソレと玲史のソレが同じモノなら、行き着く先は同じ。焦ることはない。今、見つかればラッキー。今、会えなくても次がある。そう思いつつ、中庭のベンチや木陰を見て回るも。高岸と仲良さげに寄り添う新庄は見つけたが、玲史はいなかった。  時間になり。(たすく)に放課後の当番と替わってもらった昼の外回りのスタート地点、昇降口へ。  中回り当番の玲史も、見回りのために第二校舎3階に向かってるはず。どこにいるかわからないより、気が楽になる。同じ風紀の仕事をしてるってだけで、近く感じる……。 「川北さん!」  元気よく俺を呼んだのは、木谷(きたに)翔太(しょうた)だ。  当番の替わりを頼んだ時に、組む相手は聞かなかったが……気マズい。  木谷と顔を会わせるのは学祭の翌日以来。木谷に頼まれて、玲史と一緒に木谷の家に行って。木谷と津田に、玲史がセックスをレクチャー……2人がセックスするまでを間近で見た。  おまけに。勃起して、玲史の手で射精までしちまった……。 「この前はありがとうございました!」  目の前で足を止めた俺にペコリと頭を下げ、満面の笑みを向ける木谷。 「せっかくの休みにつき合わせちゃって、すみません。本当に助かりました」 「いや……助けになったなら、よかった……」  やってるとこ見られて、気マズいとか……全くないのか。ないから頼んだ、のかもしれないが……後で冷静になったら、とか……もないみたいだな。 「おかげで、うまくやれて。和橙(かずと)がハマってくれて。絶好調です」 「そりゃよかった……」 「もう全然痛くないし。抱かれるのって、マジ気持ちイイですよね?」  キラキラした瞳でエロトーク。  学祭の時の西住(にしずみ)もそうだったが、さして親しいわけでもない後輩にこういう……プライベートの話をガンガン振られると、キツい。エロ話が得意じゃなくて。そもそもエロ自体、経験に乏しくて。  悪いが、同じノリで返せない。 「そう、だな」 「俺も和橙も初心者で、普通にやるだけで十分最高だけど。いろんなプレイ? 世界? いつかチャレンジしたいです」  木谷の視線は俺の首……。 「ソレ。高畑さんに?」 「……ああ」 「痛いのが好きなんですか?」 「いや。コレは……玲史の趣味だ」  歯でつけられた傷を撫で。 「それより。校庭から行くぞ」  エロトークを終わらせて。 「はい」  素直に頷く木谷とともに、部室棟へと向かった。 「俺、面接の時に高畑さんと一緒で」  今日の見回りは平和で、3つのチェックポイントでの風紀違反者はナシ。時間が余った時のプラスアルファで体育館周りを確認しに行く途中、木谷が話し出す。 「かわいい顔して身のこなしは俊敏で頭が切れて、この人最強だって思いました。タチなのは意外だったけど」 「そうだな」  エロトークじゃなく、玲史が褒められるのは嬉しい。 「さぞかしモテるだろうに、恋愛したことがないって聞いて……愛の力を知らない弱さもある人なんだって思って」 「弱い?」  玲史が? 「愛に勝てるモノ、ないから。いざって時、ソレを知らないのは知ってる人より弱いし。何より、もったいないし。ひどく淋しいんじゃないかって」 「そう……かもな」  玲史は強い。弱くなんかない。  否定しなかったのは、俺も思ったからだ。  淋しくないか……?  学祭の夜。  大切にされてるって思ったことが一度もないと言った玲史を。  家族っていう感覚がよくわからないと言った玲史を。  眠ってる間も警戒するように教えられたと言った玲史を。  大切にしたいと思った。  俺より強い玲史を。玲史の何かを、俺が守ってやりたいと思った。  そして。昨日。  愛ってのは幻だと言う玲史に。  信じさせたい、と思った。 「俺、高畑さん好きです。もちろん、先輩として」  木谷が俺をまっすぐに見る。 「だから、幸せになってほしいです。俺が言うの、おこがましいけど……高畑さんのこと大切にしてあげてください……」  するに決まってる。  誰に頼まれなくても。  俺自身のために。  俺が、そうしたい……。 「川北さんの愛の力で。大切にするのって、愛するのと同じでしょ?」 「ああ……」  そうだ。  同じだ。 「木谷」 「はい?」 「俺は玲史を大切にする。寂しくはさせない」  玲史を慕う後輩に、自信を持って断言した。

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