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162 僕を好きじゃなくなったらイヤ:R

 今日の見回りルートに風紀を乱す者はなく。中断することなく、沢渡(さわたり)西住(にしずみ)に今朝から今までのコトを話し終えた。  一応、プライバシーなところ……紫道(しのみち)康志(やすし)とつき合った経緯とかヤツのクズ加減とか……は、短い期間の身体だけの関係でいい思い出じゃないみたいって濁して。 「とにかく。紫道の話はちゃんと聞くつもりなんだけど、また……ムッとして、邪険にしちゃったらどうしよう」  焦燥感と不安のミックスで、胸の奥がザワザワする。  聞いて、納得いかなかったら? よけい、ムカついたら? 紫道を大切にしたいのに、出来なかったら?  ネガティブに考えちゃう。  僕のメンタル、こんなヤワいっけ? 自分を大して信じてなくても、何するにも謎の自信あったじゃん? そんなコワいの?  たかがレンアイ。マボロシ。なくても困らないのに。  紫道がいないとイヤ。  僕を好きじゃなくなったらイヤ。  僕を好きだから、紫道は僕のモノ。  そうじゃなくなる可能性、あるからコワい。  大切なモノ、あるからコワい。 「自分がいないところで元カレと会われるのが不愉快なのは、自然な感情でしょ」  西住が口を開く。 「来てほしくない理由にもよるけど」 「……その理由って、たとえば何があるの?」 「高畑さんがそいつにホレるのを警戒してとか」 「ない。1ミクロンもナシ」  思いつきもしなかった可能性を全力で否定。 「浮気の心配は…」 「ソレもない。絶対」  西住を遮った。  あり得ないもん。  あったら…もう二度と誰かを好きになったり信じたりしない。  そのくらい、あり得ない。 「気に入らない内容にムカつくのは仕方ないとして、何で邪険にするんですか?」  沢渡が不思議そうに尋ね、首を横に振る。 「好きな人に冷たくする意味がわからない」 「そんなの、僕にもわかんないよ。勝手にしちゃうんだもん」  少なくとも、僕がSだからじゃない。性的な匂いゼロ場面で意地悪しても興奮しないし。心を傷つけて楽しむ趣味はナシ。 「ソレってよくある態度で。自分の思い通りにいかなくて、スネてるだけですよね」  西住が微笑んだ。 「え……」  スネてる……の? 僕が?  スネるって、こういう感じ?  わざと少しつれなくして気を引くやつじゃないの?   ガッツリフキゲンになってたら、かわいげなくない?  紫道もわからないんじゃ? 「川北さんが自分を好きだってわかってるから出来ることで、損ねた機嫌を癒してほしくてやってるんだと思います。無意識だとしても」  この子、言うじゃん。  でも。 「そう、かも」  アタリな気がする。  邪険にしても、紫道なら大丈夫。  自分勝手なことしても。振り回しても。からかっても。  セックスだってそう。なんだかんだいって、僕のしたいことさせてくれる。受け入れてくれる。許してくれる。  僕を好きだから。  愛なんか信じてないくせに。恋なんか、やるための思い込みって思ってたくせに。  紫道が僕を好きなことは、信じてたんだ。無自覚に。  だから、平気だった。  今も、信じてないわけじゃない。  紫道は僕を好き。愛してるって言ってたのはウソじゃない。  でも。  僕を好きじゃなくなるかもしれない。  幻って、消えるじゃん?  恋愛が信じるに足るモノだとしても。  歯が裂いた皮膚の痕を愛の証しだと思えても。  恋する気持ちとか思いとかアイノチカラとか、見えないモノは消えたら何もない。あったかどうかもわからない。だから、マボロシ。  なのに。  今まであんまり考えたことなかったのに。紫道を失くしたくない……って、思っちゃったから。初めて手にいれた大切なモノだから。失くすのがコワくなって、不安になった……って。  何コレ。マジで僕なの? らしくなくて、笑える。 「十分癒されてる状態っていうか……甘い雰囲気で話せば、スネる気にならないんじゃないですか」  西住のアドバイス、いいかも。 「そうだね」 「確かに癒されるな」  沢渡が笑みを浮かべた。 「俺がスネて、西住が俺の機嫌を取ってやさしくしてくれるなら……」 「取らねぇって」  西住が鼻で笑う。 「やさしくとかしたらお前、調子に乗るだろ。コワいから」 「機嫌が最高になっても調子には乗らない。きみに嫌われるリスクは負わない」 「どうだか……てか、普通に放っとく。スネてるんじゃなくて俺に愛想を尽かしたんなら、それはそれで……」 「俺がきみを嫌いになることはないし、スネることもしない。ついでに、もう……きみと離れて生きるのも無理だ。もし、万が一……」 「やめろ。聞きたくない」  また。コントみたいにイチャつき始めた2人に。 「ごめん。その続きは後にして、意見聞かせて」  割って入った。 「さっき話したやつ。お前には関係ないって言われたら、きみたちはどう? ムカつく?」  のけ者にされたみたいでおもしろくないって思うのは、おかしいのか。一般的なのか。 「なんか、恋愛関係の距離感がわからなくて。自分の感覚にさえ自信がないの」 「元カレのことなんか俺に全く関係ないけど……」  西住が答え、沢渡を見やり。 「コイツにそう言われると、軽くムカつくかな」 「俺に『元』はいない……」 「わかってるよ。『もし』の話だろ。お前は?」 「俺は……軽く傷つきます。西住のことなら全て知りたいし、全てに関わりたい。俺に関係ないことが西住にあるのが悔しい。だけど……」  だけど? 「俺に関係ないって言うのは、西住が西住だからで。西住は俺じゃなくて。俺じゃないから、好きで。だから、好きだってことを噛みしめます」  傷つく……好き……。  なるほどね。 「あといっこ」  そろそろ、見回りも終わり。 「紫道と話すのに、ちょっと強引にしてもいいよね? 授業サボらすとか」  沢渡と西住が顔を見合わせ。 「授業より優先するのは当然です。俺もそうします」 「川北さん、喜ぶだろうな」  頷いた。  見回り終了。 「川北さんが、鍵を持ってます」  沢渡の言葉に笑みを返し。 「僕も持ってる。2人ともありがと。次の当番にチェック録、よろしく!」  駆け出した。

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