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164 同じ思いでいた……!:S

 心底、びっくりした。  全力で階段を上ってて、上から玲史の声が俺を呼んだことに。玲史が俺のところに来ようとしてたことに。俺の話を今すぐ聞きたい、お願いと言ったことに。俺を風紀本部に連れて行ったことに。  暫くの間、衝撃で頭がうまく働かないくらいに。  昨日も、俺のために玲史がしたことに衝撃を受けたが……あの無力感、焦燥感と不安で胸が引き絞られるのとは真逆で。朝からどんより重く居座ってた錘が一気に外れて宙に浮けるくらい、気分が上がった。  つき合ってからこっち。余裕がないのは、いつも俺だけで。恋愛をしてるのは俺だけなんじゃないか。心まで動いてるのは俺だけなんじゃないか。そう思ってたのが昨日で変わり。玲史も俺をマジで好きだとわかり。嬉しくて、安心して……なのに、今朝のアレで。  最悪、玲史を失うかもしれない。  それが恐怖で。恐怖に感じる理由は明白で。恋愛は確かに自分のためで。  大切なモノは失くしてから気づく……なんてのは、絶対に御免で。  俺は俺のために動く。  そう決めた矢先に。  笑顔で玲史が俺の手を引いて、俺の望む以上の動きをしてくれて。沈んで舞い上がった感情はフワフワ浮いたまま。  だから。  奥の部屋にと言われ、一瞬。思考がバグった。  玲史が求めてるのは……エロか? 授業フケてまで? 昨日あんなに……。  いや。  今日は朝からすれ違ってろくに一緒にいなかったんだ。やっとこうして近くに、隣に座って……。  あ……話?  そう、だ……話、するんだ……った……。  沸いてる頭が着地して。何から話そうか考える間に、玲史が口を開いた。話を聞かなくてごめんね、と。怒ってる?……と。  コトの発端は俺なのに。先に謝って、俺の怒りの有無を気にかける……真摯な瞳を俺に向けて。  また、宙に舞い戻りそうなのを地に留め。  話した。  足りなかった言葉を補って。  康志(やすし)との過去。やり残したこと。しなけりゃならないこと。  本心を。  伝えたい気持ちを。  伝わった。  しかも。  康志と2人で会うのもいいと言う。  しかも。  俺にムカついただけじゃなく。  傷ついた、と。  スネちゃった、と。  俺を失くしたくないから、大切にするの……と。  抑えてた感情がはち切れた。  同じ思いでいた……!  幸福に目が眩み。  見失わないうちに玲史を抱きしめ唇を重ね、見えない目を閉じた。  差し込まれた玲史の舌に自分のを絡め吸い上げる。  劣情じゃない。身体の求める欲じゃない。ほしいのは心の快感。  愛情表現とか欲望とか、呼び名は何でもいい。この衝動に抗える理性を、今は放棄した。  深いキスに没頭してたのは5分か10分か。たったの30秒か。 「激しい、ね。獣っぽいきみも……そそるなぁ」  離れた唇から、玲史の甘い声。  クラクラする。 「好きに……してくれ」  玲史が望むなら、どうされてもかまわない。 「いいの? ココでやったのバレたら、公開セックスだよ?」 「は!?」  い……みが、わからねぇ。 「この仮眠室をエロいことに使った罰。委員みんなの見てる前でやるんだって、坂口が言ってた」  こ、こ……かみんし、つ……ばつ……みんなのまえ……? 「6限の授業終わるまで時間はあるし、衆人環視プレイも楽しそうだけど。うーん……」  しゅうじん、かんし……プレイ……。 「きみのかわいいとこみんなに見せるのは、もったいないなぁ……紫道? どうしたの?」  キラキラした瞳で、玲史が俺を下から覗き込む。 「みんなに見られながらイキたい?」  ようやく。頭が現実に戻ってきて、玲史の言葉を理解して。  急いで、首を横に振る。  冗談、じゃねぇ。  ここが学園内だって、忘れてた。風紀本部にいるっての、忘れてた。  けど。  みんなの前で……って、何だそりゃ!? 風紀委員だぞ? それ以前に、人前でするもんじゃねぇだろ! 「今、そんなに犯されたい気分だった?」  続く問いに。少しためらってから、首を横に振った。  熱くなってはいるが、性欲主体になっちゃいない。  射精したいわけじゃない。身体の快楽を欲しちゃいない。キスすらしなくてもいい。  ただ、玲史を感じていたい。  熱を。匂いを。気配を。存在を。  好きな男がそばにいるって現実を。  この気持ちを何ていうのか……。 「やっぱり……」  玲史が短く息を吐いた。 「僕とつき合う一番のメリットって、セックス?」 「はぁ!??」  さっきより、もっと意味がわからねぇ。 「な、んでそんな……」 「だってさ。僕がきみにあげられるの、ソレしかないし。きみも喜んでるし。僕に抱かれるの、好きでしょ?」  邪気がない。からかってるんじゃない。イタズラでも皮肉でもない。普通に、玲史はそう思ってる……自分を……そんなふうに、低く……どうして……。 「玲史」  大きな声になりそうなのを堪え、努めて静かに。 「聞いてくれ……」  今朝のコトなんかより、もっと重要で。伝えなけりゃならない。もっと強く、伝えたい。 「お前とつき合ってるのは、お前を好きだからだ」 「知ってる」 「つき合ってるから、お前に抱かれる。お前を好きだからお前に抱かれるのが好きで、抱かれたいと思う」 「うん。だから……」 「それでも。もし、お前とやれないとしても……お前を好きなのは変わらない」 「セックスナシで僕といて、何するの?」  素で聞く玲史に。 「何でもいい。何もしなくてもいい。ただ、一緒にいて……」  何て言や、伝えられる? 「つまんなくない? セックスしない僕に価値ないじゃん」 「……ある」  どうして、玲史が自分の価値を低く見てるのか。  たぶん……きっと、誰も教えてないせいだ。 「お前は、お前がお前だってことに価値があるんだ」  俺が教える。 「玲史。お前は最高だ。俺が決めた」 「何それ」  玲史が笑って。 「あー、でも……うん。そうかも」  俺を見つめて。 「今ね、すごくイイ気分だから。見えないけどあるかもしれない」  また笑う。 「愛のチカラってやつ? 愛されてる感じ、するもん」 「れい……じ」  また。抗えない感情に突き上げられ、玲史を抱きしめた。  今度は。フルで理性を酷使して、唇をぶつけずに玲史を放し。運がいいのか悪いのか、5限終了のチャイムに促されるように腰を上げ。風紀本部をあとにして教室へ。  6限の授業を受け、SHRが終わり。玲史とともに校門を抜ける。 「あのクズ、きっちりシメてきてね」 「ああ」  玲史に頷いて、深呼吸。 「お前も。聞きたいことは聞いて、言いたいことは言うんだ。ちゃんと話せばわかることもあるだろ」  結局。俺は康志と2人で会い、玲史は母親と2人で会う。  心配はないといえば嘘になるが、これでいい。玲史には玲史の、自分で向き合うべきモノがある。 「うん。がんばってみるよ」  素直に頷いた玲史も深呼吸して。 「大丈夫。僕にはきみがいるし、きみには僕がいるから」  力強い言葉をくれた。 「ああ。大丈夫だ」 「じゃあ、またね」 「また、な」  微笑みを交わし。  駅と寮、それぞれに向かった。

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