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第2章①

 同日午後――昼下がりの時間。  U機関に勤めるサンダース中尉が所用で階段を上がっていくと、ちょうど二階の給湯室から淹れたてのコーヒーを片手に彼の上司が姿を現した。 「フンフンフーン。フンフンフーン♪」 「…ずい分、機嫌がよろしいようで」 「おや。そう見えるかい?」  鼻歌を口ずさんでいたクリアウォーターは、部下の皮肉を気にとめることもなく、屈託ない笑みを浮かべた。サンダースは肩をすくめただけで、それ以上聞かなかった。聞かずとも、おおよそのところ察しはつく。  普段からにこやかな赤毛の上司が輪をかけて上機嫌な時は、たいてい恋愛がらみの楽しみが関わっている。そして、その予想はこの時、百パーセント正しかった。 ――今夜は久しぶりにカトウと一緒に過ごせる。  左胸と右腕に重傷を負った恋人が退院して三週間。右手のリハビリも順調に進み、医者から「怪我をする前と同じレベルの健康状態を回復した」とお墨付きをもらえたのが、つい二日前のことだ。そのことを報告しに来たカトウに、クリアウォーターはその場で週末の約束をとりつけることに成功した。  そして金曜日の今日。夜のことを考えるだけで、クリアウォーターは自然と気分が浮き立って来るという次第だった。 「楽しそうなのはかまいませんが、仕事の方は――」  仏頂面でついてきた副官に、クリアウォーターは執務室の机に置かれた書類を指さす。 「月曜日に参謀第二部(G2)に提出する書類なら、もう仕上がっているよ」 「…さようで」  サンダースは思った。こと仕事への意欲と早さに関する限り、この上司は文句のつけようがない。 「あとはもう少し、ご自分の欲望を押さえてくれたらいいんだが……」 「ん? 何か言ったかい」 「いえ、独り言です。あ、そうだ。忘れるところでした」  サンダースはそう言って、握っていた紙を差し出した。 「つい先ほど、あなた宛てに電報が届きましたよ」 「電報? 誰からかな」  クリアウォーターはコーヒーを置き、紙を受け取った。開いて読み進める。笑顔のまま――……否。  読み進める内に、顔に笑みをはりつけたまま硬直してしまった。 「…少佐、いかがされましたか?」  異変に気づいたサンダースの声で、クリアウォーターは我に帰った。  直ちに自失から立ち直ると、クリアウォーターは同時に三つのことをやってのけた。電報を放り出し、上着をつかんで、勢いよく駆け出す。 「三十分以内に戻る! 悪いが適当な客用のカップをひとつ用意しておいてくれ」  それだけ言い残すと、呆気に取られる副官をその場に残し、階段を駆け下りていった。

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