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第3章①

 金曜日の夜ということもあって、射撃場の中は閑散としていた。  参謀第二部(G2)所属のセルゲイ・ソコワスキー少佐がフロアに入った時、使用されているレーンはひとつだけだった。  そこに立っている男にソコワスキーは見覚えがあった。子どものように小さな体躯をした日系二世で、その頼りなげな外見と裏腹に、慣れた手つきで弾倉に45ACP弾を込めている。  ソコワスキーは荷物をベンチに置くと、射撃の様子を後ろからこっそりうかがった。  男は左手でグリップを握り、そこに右手を添えて四十五口径を構える。そして、人型の的に狙いを定めて引き金を引いた。  たちまちガアン、ガアンという音が規則的にフロアに反響した。初弾から七発目まで、弾丸はすべて人型の頭部に命中し、七つの穴をうがった。  全弾打ち尽くした男が耳栓を外した機会をとらえ、ソコワスキーは声をかけた。 「見事なものだな。カトウ軍曹」  カトウは驚き、声の主が誰か気づいて慌てて敬礼した。 「…お恥ずかしいものをお見せしました」 「謙遜するなよ。腕の怪我の方は、すっかりよくなったようだな」  半白の髪を揺らし、ソコワスキーが言うと、カトウはますます小さくなった。  人は見かけによらないと言うが、目の前のこの男はその典型だな、とソコワスキーは思った。人並外れた射撃の腕前を持ち、実戦では豪胆そのものだが、普段は物静かで控えめ過ぎると言っていい。同じ同性愛者と言っても、あのムカつく赤毛の自信家とは大違いだ。   ついでに、ガタイは大きいのに肝っ玉は小さい、元部下とも――。  ソコワスキーが珍しく機嫌がよさそうなので、カトウはほっとしていた。  セルゲイ・ソコワスキー少佐とは以前、一緒に捜査した間柄だ。しかし、たいてい不機嫌な顔で怒っていることが多かった上、クリアウォーターとは決して良好と言えない関係だったので正直、カトウの側には苦手意識があった。とはいえ、入院中のカトウのもとに一度、わざわざ見舞いに来てくれたこともある。感情の揺れ幅が大きい反面、意外なところでマメな点は、カトウの元上官のジョー・S・ギル大尉と似ていなくもなかった。ただし、物理的な危険度で言えば、ギルの方がソコワスキーより百倍恐ろしいが。  カトウを見おろすソコワスキーは、ふと何かを思い出したような顔になった。 「あれ、貴官は左利きだったか? さっき左手の方で撃っていたが」 「ああ、それは……」  カトウは首をすくめた。説明しようとして、それより実演した方が早いと思い直す。  射撃の的の方に向き直ると、カトウは机に置いていた愛銃に新たな弾倉を差し込んだ。そして、右手でグリップを握るとほとんど狙いもつけずに無造作に構えた。  ガアンという音とともに、その初弾が人型の眉間に命中した。硝煙の煙が散るより先に、うがたれた小さな穴の中に、残る六発が吸い込まれるように着弾した。  目をむくソコワスキーに、カトウは照れくさそうに言った。 「練習していたんです。左手でも、右手と同じくらい撃てるようになるのが目標です」

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