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第3章③
…手元にある一冊を読み終えて、カトウはふと時計を見た。夢中になっているうちに、いつの間にか十一時を回っていた。
「そろそろ寝るか」
コミックを置き、カトウは伸びをした。目を閉じる。無意識に手の甲で口をぬぐった時、唇が妙にうずいた。
「………」
大怪我をして病院にかつぎこまれて以来、今日に至るまでクリアウォーターとの情事はずっと控えてきた。だけど、キスだけは別だ。入院中からほとんど毎日のように、人目を忍んで交わす口づけ。身体の関係を持てない分、それは菓子のような甘さと大麻のような中毒性を持っていた。
「――キス だけで、イカせてあげようか?」
悪乗りしたクリアウォーターが、そんなことを言ったこともあった。しかも、いつ人が来るか分からない病室でだ。良識にのっとって――というより恥ずかしさが先立って――カトウは丁重にお断りした。それでも言われたときに、まったく興奮しなかったと言えばうそになる。
カトウは身体を丸め、唇をなぞった。唾液で湿った指先で、クリアウォーターがしてくれた動きを真似る。それを繰り返すうちに、だんだん下腹部が熱を帯びてきた。
触れずとも、自分のものが硬くなりはじめているのが分かる。ついにカトウは我慢できなくなり、空いている方の手をズボンの中に突っ込んだ。
――ここが、いいのかい?
クリアウォーターの声を思い出しながら、カトウは自分のものをしごいた。
――恥ずかしがらなくていい。我慢なんかしなくていい。君のありのままを見たいんだ。
呼吸が浅く早くなる。獣じみた息遣いが部屋の外にもれぬよう、カトウは枕に頭をうずめる。その直後、絶頂が来た。
短いうめきと共に、カトウはたまった欲情を吐き出した。身体が二度、がくがくと震える。やがて全てを出し尽くすと、そのままベッドに身体を投げ出した。
ぼんやりする頭で、後始末をしないと、と思う。しかし身体はぐずぐずとして、中々動いてくれない。おまけにしばらくすると、満足感より寂寞の思いがこみ上げてきた。
――少佐は悪くない。
急に肉親が訪ねてきたのだ。そちらを優先するのが当たり前だ。
それでもーー久方ぶりの逢瀬を、カトウも確かに心待ちにしていたのだ。
「……一緒に過ごしたかったな」
クリアウォーターとの約束がつぶれてしまったことが、実のところ残念でならなかった。
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