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第5章①
「―-つまり」
カトウはラッパ型の受話器を少し傾け、今しがた電話で聞かされた話を整理した。
「今、そちらにいらっしゃるお姉さんが今晩、出かける前に俺に会いたいって言っているんですね」
「うん。そういうことになる」
クリアウォーターはため息まじりに肯定した。
やはり隠しておいた方がよかったんじゃないかと、今更ながら後悔していた。
幼少の頃から、スザンナは弟に関することは何でも知っておかないと気が済まない所があった。家に小さい母親がもう一人、いるようなものである。それが姉の生来の気質に起因するものか、それとも女性全般に見られる傾向なのか、判断しがたいところであるが――。
「恋人はいないのか」という質問に、クリアウォーターがうかつにも「いないことはない」と答えたせいで、姉はたちまちその相手について根掘り葉掘り聞いてきた。そして挙句の果てに、その相手にぜひ会わせろと食い下がってきたのだった。
「気が進まなければ、無理はしなくていい」クリアウォーターは言った。
「姉は中々、癖の強い性格だから。君に不快感を与えるかもしれない」
その言葉に、昨日ちらりと見かけたスザンナの姿が脳裏に浮かぶ。人を外見で判断するのはよくない。だが、スザンナという女性はたしかに、一筋縄ではいかない何かを持っているように見えた。
カトウは少しの間、逡巡した。だが、ほどなく腹を決めた。
「分かりました。会いますと、伝えていただけますか」
電話を終えた後、カトウはすぐに身支度に取りかかった。軍服を着ていくべきか迷ったが、結局は私服の方を選んだ。土曜日の午後ならクリアウォーターもきっと私服でいる。だから失礼にはならないだろう。
スザンナに会うと決めたのは、クリアウォーターの姉だからというだけではない。クリアウォーターが同性愛者であることを曲がりなりにも受け入れている、唯一の肉親と聞いていたからだ。
――仲を認めてもらいたい、というわけじゃないけど。
向こうがわざわざ時間を割いて「会いたい」と、言ってくれたのなら。顔を見せて挨拶くらいするのが礼儀だろう。カトウはそう考えた。
それから四十分後。カトウはクリアウォーター邸の前に立っていた。門扉を閉めると、クリアウォーターがすぐに邸の中から出てきた。おそらく、カトウがそろそろ来る頃だと待ち構えていたのだろう。
「いらっしゃい。よく来てくれた」
飾り気のない笑みで、クリアウォーターはカトウを迎え入れた。カトウの予想通り、コットンシャツに夏物のアイボリー・カラーのズボンという気取らない格好だ。クリアウォーターは頭脳も容姿も、そして人格も、人に強い印象を与える男だ。だが、普段の格好は――変装などしていない時は――意外にも平凡だ。無意識に目立たない服装を選んでいるのか、それとも単に無頓着なだけなのかーーまあ、カトウにとってはどちらでも構わない。
何を着ていようと、クリアウォーターが格好いいという事実に変わりはなかった。
「遅くなりました」カトウは敬礼した。
「急なことだったので、手土産とか何もないんですが…」
「いいよ、そんな気を使わなくて。姉さんは君に会って少し話をしたら、すぐに出かけると言っているし」
クリアウォーターはそう言って、当たり前のようにカトウを抱き寄せ軽く口づけた。カトウの頬が少し熱くなる。まだこうしたことに対して、照れくささが抜けていない。それでも、クリアウォーターが見せてくれる何気ない愛情表現は、素直にうれしかった。
「--心の準備は大丈夫かい?」
「はい」
「オーケイ。じゃあ、ついてきてくれ」
クリアウォーターに導かれ、カトウは玄関からリビングへ向かった。
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