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第5章②

 スザンナはソファのところで待っていた。すでに落ち着いた色の黄色のツーピースに着替え、明るい色調の赤毛を結わずに垂らしている。自分に似合う格好というのをよく理解しているのだろう。その姿は華やかであり、それでいて成熟した美しさを見る者に感じさせた。  ところが、である。  弟が戻ってきた気配で振り返った彼女は、カトウの姿を一目見るなり眉間に深いしわを寄せた。せっかくの美人が台無しだ。しかも、男でも中々ない鋭い目つきで、現れた二人の方をにらんできた。  カトウは思わずたじろぎ、足を止めた。  ちょっと待て。まだ言葉を交わしてすらいない。なのに、この嫌われっぷりは一体……。   ――俺が日系人なのが、気に入らなかったのか? それとも本当のところは、同性愛者の恋人が気に入らないのか?  そんなことをカトウが考えていると、スザンナが勢いよく立ち上がった。  そのまま怒りに燃える目の照準を、彼女の弟にロック・オンした。 「ちょっと、ダン! どういうことか、説明しなさい!!」  この反応には、クリアウォーターですらあっけに取られた。 「説明って……まだ紹介すらしていないんだが」  その語尾にかぶせるように、スザンナは吠えたてた。 「この子、どう見ても未成年じゃない! 中学生に手を出すなんて、あんた一体どういうつもりよ!!」 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 「……私の姉が失礼きわまりないことを言って、本当にすまなかった」  この夜、何度目かクリアウォーターが謝った。カトウは苦笑いし、洗いかけの夕飯の皿を置いた。 「いいですよ。気にしていませんから」 「それなら助かる」  クリアウォーターとカトウ本人が何度、二十二歳のれっきとしたアメリカ陸軍軍曹だと主張してもスザンナはまったく信じようとしなかった。いつも持ち歩いている財布に身分証を入れていたことを思い出したカトウがそれを見せて、ようやく誤解が解けた次第だった。  とはいえ、スザンナは出かける段になっても、まだ疑いが完全に払拭されたわけではない、という顔つきをしていたが――。  そのひと悶着があったせいで、結局カトウはろくに話もしないまま、クリアウォーターの姉と別れることになった。 「そういえば、どちらに行かれたんですか。お姉さん」 「…知らないよ。聞かなかったし、もう正直、今夜は姉さんのことは考えたくない」  クリアウォーターがうんざりしたように言ったので、カトウもそれ以上、あえて追及しなかった。  最初にあった騒動を除けば、おおむねいい夜と言えた。  二人でとった夕食は十分、満足のいくものだった。あくまで雰囲気という面で。二人で作った肉じゃがときゅうりの酢の物の味は、まあまあおいしく食べられるというレベルで、四月ごろにこの家で味わった食事とは比べるのもおこがましかった。  ひょっとしたら食事中、クリアウォーターもカトウと同じことを思い出していたのかもしれない。  前にこの場にいたもう一人のことをーーー。  しかし、そのことは二人とも決して口にしない。それが二人の間での暗黙の了解になっていた。  カトウは洗っていた皿の最後の一枚を水切り用のトレーに置いた。濡れた手を拭こうとしたところで、気配を覚えて振り返る。  いつの間に忍び寄ったのか。クリアウォーターがカトウのすぐ後ろに立っていた。目が合って、相手の緑色の目にいたずらっぽい輝きが宿る。  クリアウォーターはそのまま、カトウの腰に両手を回してきた。

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