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第7章②
銀座には占領軍関係者向けのPX(酒保)が二ヶ所存在ある。
ひとつは銀座四丁目に建つ元々、時計店だったビルで、屋上にそれを象徴する時計台を戴いていた。そして、もうひとつが三丁目にある地上八階、地下一階建ての建物だ。元々、M屋という百貨店で、幸運にも空襲による焼失を免れたゆえに、敗戦で占領軍に接収された後、都内最大規模のPX――「TOKYO PX」として生まれ変わることになった。
カトウとスザンナは今、この「TOKYO PX」に来ていた。一軒目のPXでは二人とも、目ぼしい品物を見つけることができなかったからだ。クリアウォーターは酒を時々、嗜んでいる。だから一軒目の食料品売り場でそれを見かけたカトウは「どうかな?」と思ったが、自分が酒が飲めないので、種類や銘柄などがさっぱり分からない。
「少佐がどんなお酒がお好きか、覚えています?」
スザンナに尋ねたが、返答は「確かウィスキーよりワインが好きだった気がするけど」で、それ以上の情報を得ることができなかった。
タバコならカトウも喫うので、多少分かるが、贈り物としては今一つだろう。それにカトウが知る限り、クリアウォーターはタバコに関してあまりこだわりがない。大抵、安いラッキー・ストライクを持ち歩いている。そんなわけで、落胆しながら外に出ざるを得なかった。
「ちょっと一人でぶらぶらしながら、考えてみたら?」
「TOKYO PX」の入口。ステンドグラスに見入るカトウに、スザンナがそんなことを言い出した。多分、カトウに付き合うのに飽きてきたのだろう。
うろたえるカトウに、スザンナはふっと笑った。
「まあ、そんなに深刻に悩みすぎる必要もないと思うけど。あなたが贈るんだったら、弟 は何もらっても喜ぶでしょうから」
そんなアドバイスになっているようで、あまり役に立たないことを言い残し、さっさとエレベーターに乗り込んでいってしまった。その場に残されたカトウは仕方なく、売り場を見て回ることにした。
服。靴。時計――どれを見ても、ピンとこない。高ければ品質もいいのだろうが、それを基準に選ぶのは、何か違う気がする。階を移動して回るうちに、カトウはだんだん気が滅入ってきた。
――U機関の 仲間の喜びそうなものなら、結構見つかったんだけどな。
絵筆――フェルミ。
チョコレート缶――ヤコブソン。
夏の風物詩、花火――ササキ。
切れ味よさげなナイフ――アイダ。
日本酒――ニイガタ。
眼鏡ケース――サンダース。
しかし、クリアウォーターに贈るべき肝心な品物が見つからない。
宝飾品と眼鏡を扱う売り場で、カトウはスザンナを見かけた。店員相手に熱心に話していたので、カトウは声をかけずにその場を立ち去った。きっと、アクセサリーか何か買うつもりなのだろう。
……一時間弱、彷徨った末に、カトウはひとつの結論にたどり着いた。
クリアウォーターと付き合って二ヶ月が経つというのに、カトウは恋人について知らなさすぎる。ため息が出た。
柱に寄りかかって、カトウが落ち込みかけた時――。
その繊細なメロディが、どこからともなく流れてきた。
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