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第7章④
包みを手にカトウが売り場を出ると、偶然、エレベーターの前でスザンナに再会した。彼女も何か買ったらしく、包装紙でラッピングされた箱を小脇に抱えていた。
「何か、いいものは見つかった?」
「はい。一応……」
カトウは持っていた包みを示し、その中身をスザンナに教えた。聞いたスザンナは唇をすぼめ、口笛を吹きかけて寸前でそれを思いとどまった。淑女にはふさわしくない行いと、思ったらしい。そのかわり、口紅を塗った口で「にっ」と笑った。
「あなた、ロマンチストって言われたことない?」
思わぬ言葉に、カトウはまごついた。ロマンチスト?――生まれてこの方、そんな風に評されたことはなかった。チビだの、根暗だのは、しょっちゅうだったが。
「褒めているのよ」スザンナは言った。
「悪くないチョイスだと思う。それと一緒に小さな花束でも贈られたら、あたしならその相手にキスするわね」
「ダニエル、喜んでくれますかね」
言ってから、カトウははっと顔を赤らめた。クリアウォーターをファーストネームで呼ぶのは、二人きりの時だけだ。それなのに、つい気が緩んで口にしてしまった。
そのことにスザンナも気づいたようだ。ますます、顔をにやけさせた。
「弟 の反応は、あなた自身で確かめたらいいでしょ。――さあ。お互い、目的のものは買えたようだし、そろそろ行きましょうか」
TOKYO PXを出たあと、てっきりそのまま荻窪に戻るものとカトウは思っていた。あるいはせいぜい、どこか近くの店で遅めの昼食をとるとか。しかし、銀座の通りに出たスザンナが向かった先は、意外にも停車していた一台のジープだった。
「ハアイ、エイモス」
「ハーイ。スー!」
ジープの運転席に座っていた麦わら色の髪の男が、スザンナに気づいて手を振った。スザンナはジープに駆け寄ると、笑顔で男と言葉を交わした。
遅れてやって来たカトウに、彼女は言った。
「紹介するわ、カトウ軍曹。こちら、第五航空軍に所属するエイモス・ウィンズロウ大尉よ。ウィンズロウ大尉、彼はジョージ・アキラ・カトウ軍曹。参謀第二部の傘下で働いているわ」
「あら、よろしく」
ウィンズロウはウインクして、カトウと握手した。
ジープから降りて気づいたが、エイモス・ウィンズロウ大尉は、妙に手足の長い男だった。その長い腕で、スザンナの肩をさっそく親しげに抱き寄せ、ニコニコしている。
人を第一印象で判断するのはよくないーーそう思いながらも、カトウは何となくその挙措に反感めいたものを感じた。
――なんか。なれなれしいな。
もっともスザンナの方はと言えば、別に気にした風もない。抱擁されながら、カトウの方を振り返った。
「ウィンズロウ大尉は、あなたと同じなの」
「はい?」
「あたしの描いている漫画のファン」
するとウィンズロウがすかさず、「大ファンの間違いよ」と口をはさんだ。
「その辺のにわかさんと一緒にして欲しくないわ。ワタシ、ブラック・トルネードの第一話を読んだ時から、アナタは特別だって確信したのよ、スー。ニューヨークのパーティでアナタに会えた時の感激ったら、もう! 今でも覚えてる。雷に打たれた気分だったわ、ダーリン」
「大げさね」
「…………」
カトウは呆気にとられた態で、二人の間で交わされるやり取りを眺めた。アメリカ英語圏で暮らして、計十数年。母語の日本語より理解力が劣るとはいえ、ここまであからさまだとさすがに分かる。
ウィンズロウ大尉の話す英語は、大多数の成人男性が話す英語と大幅なズレがあった。
「これからウィンズロウ大尉が、いいところに連れて行ってくれるから」
スザンナはそう言って、不敵に笑った。
「せっかくだから、あなたも一緒に行きましょう。カトウ軍曹」
……なぜだろう。
とてつもなくイヤな予感しかしなかった。
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