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第9章②
「――と、大層なタンカを切って、早六年経つわけ」
スザンナは肩をすくめた。
「がんばったのよ。あたしなりに。でも、うまくいかなかった。母さんを電話口に引っ張っていって、弟と短い時間、話をさせるので精一杯。父さんに至っては、それすら拒んだわ。おまけにあたし自身、離婚したことで両親とまたケンカになっちゃったし」
クリアウォーター家の父母は、夫の浮気をなじる長女をこう諭した。「多少の落ち度は、目をつむって耐え忍べ」と。もちろん、スザンナはそんなおためごかしに耳を貸す気になれなかった。
エリックが自分にしたことは、「多少の落ち度」で済む話ではなかった。
「……大変でしたね」
カトウとしては、それくらいしか言葉が見つからなかった。スザンナはため息で応じた。
「まあ、『幸福な家庭はどれも似たものだが、不幸な家庭はいずれもそれぞれに不幸なものである』って言うけど(※トルストイの小説『アンナ・カレリーナ』の一節)。あたしの実家はなかなかのバージョンを提供できそうね」
スザンナはそこで、カトウをちらりと見やった。
「カトウ軍曹 のご家庭は? どんな感じなの」
「母は俺が二歳の時に、弟を流産して亡くなっています。父親だった暴力男は二年前に酒の飲みすぎで死にました。俺を幼少時に引き取った伯父夫婦とは折り合いが悪くて、アメリカに戻ってからは一度も連絡を取っていません」
「…ごめんなさい。聞いたあたしが、無神経だったわ」
「いえ。気にしないでください」
カトウは軽く受け流し、かすかに笑った。
「自分でも、ろくでもない人生だと思ってきました。でも、今は――ダニエルのおかげで、もったいないくらいに幸せですから」
それを聞いたスザンナは、何とも言えぬ表情になった。そして突然、
「降参!」と叫んだ。
カトウは訳が分からず、スザンナを見上げた。
「あの、降参って…」
「こういうことよ、カトウ軍曹。あたし、あなたがプレゼントを買うのにつきあったけど――実は下心があったの」
「はい?」
「弟 がつきあっている相手がどんな人間か、知っておきたかったの。……ええ、自分でも分かってるわ。弟はもう十分な大人なんだから、口を出す筋合いじゃないってことくらい。でも、やっぱり心配だったのよ。あたし自身が最近、ろくでなしの浮気男との離婚で、結構、傷ついていたから…」
スザンナは目を伏せた。
「正直、同じような道をあいつにたどってほしくないのよ。両親との関係がこじれたままだから、せめて恋愛くらいうまくいってほしいと願ってる」
そこまで聞いて、ようやくカトウにも話が見えてきた。
「あー、つまり……今日一日、一緒に来てくれたのは。俺がその、弟さんにふさわしい人間かを見極めるためだったと」
「ふさわしい」という言葉は、ひどくおこがましく思えたが、ほかに思いつかなかった。
スザンナは「その通り」と答えた。
「弟の職場の人に話を聞く限りじゃ、安心できそうだったけど。実際のところどうなのか、この目で確かめたかったわけ」
「そのために、わざわざウィンズロウ大尉に頼んで、飛行機にまで乗せたんですか?」
「いや、それは半分お礼のつもりだったのよ。喜んでもらえるかと思って」
「………」
そこは是非とも、自分を基準にして判断してほしくなかった。
カトウは深々と息を吐いた。
「それで――俺は、あなたの目から見て合格ですか?」
スザンナは数秒、カトウを見つめた。
「ーー弟は、いい人にめぐり逢えたみたいね」
そう言って、ニコッと笑った。
「できるだけ長く、あいつのそばにいてくれるかしら。カトウ軍曹」
その言葉に、カトウも顔をほころばせた。
「こんな俺でよければ」
「さて。そろそろ、帰りましょうか」スザンナは言った。
「その前に、ひどい目に遭わせちゃった埋め合わせをさせてちょうだい。何か美味しいものでもおごるってので、どう?」
「あー、いえ。今食べたら、また吐きそうなので…」
「…マジ ?」
「はい」
カトウは格納庫の天井を仰ぐ。そこで、ふと思いついた。
「あの。もし、ご迷惑でなければなんですけど…」
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