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新生活 (2)

「あー…。 いい加減仕事探さないとなぁ…。」 とある日、 凪と紅葉がドイツへ来た時に通っていたという音楽スタジオへやってきた翔は、多分メンバー募集の張り紙だろう掲示物を眺めながら呟いた。 もちろん書いてある内容はほとんどが分からないし、アナログな掲示板よりネットの方が求人情報が多いのは分かっている。 文字が読めないというのはこんなにも不便なのかと改めて感じている翔だが、どうしても勉強は苦手なのだ。 対面ならジェスチャーや簡単な単語でやり過ごせているが、仕事を探すとなると書類やら面接もあるだろうからそうはいかない。 珊瑚も忙しいので、イチイチ訳してもらうのも悪い…。 「凪みたいに音楽以外でも稼げるような資格とかあれば良かったんだけどなぁー…」 車の免許以外には特になくて、言葉も不自由な翔は職探しに苦戦していた。 言葉の問題だけを重視するなら日本食レストランで働くというのもあるが、翔は飲食店で働く自分をイメージ出来ずに一歩を踏み出せていない。 ドイツへ来て2ヶ月… 幸い蓄えはまだ余裕があるし、珊瑚はのんびり探せばいいと言ってくれてるのだが、いい歳した成人男性がいつまでも無職、家事手伝いなのはどうかと思っている。 珊瑚の弟たちと外で駆け回って遊んだり、珊瑚とは夜(たまに朝や昼間も)運動しているが、やはり勘が鈍るので今日はスタジオへやってきたのだ。 凪たちの写真を見せて友達だと説明すると、受付がスムーズだった。 「良かった。 このセットなら十分出来そう…。」 とりあえずドラムセットの調整を済ませると、スマホに入っている音源に合わせて集中してドラムを叩いていく翔。 音楽と向き合っている時間は本当に好きだ。 生き甲斐だとさえ感じている。 少し前までは、練習もLIVEもLiT Jのメンバーと一緒だった。10年間、ずっと…。 でももう、それを体感することはない。 5人から1人となった実感を改めて感じると、イヤホンを外し、スティックを置いた翔はふいに寂しさに襲われていた。 「ははっ。 ホームシックってやつ?(苦笑)」 思わず泣きそうになって、涙を堪える為に上を向こうと顔を上げると…ガラス扉の向こうに人集りが出来ているのに気付いた。 「うぉっ! 何…っ?!」 ビックリし過ぎて涙も引っ込んだ翔。 ギャラリーたちが翔のリアクションを見るとスタジオ内に入ってきて、ガタイの良い派手な外国人を前にビビる翔… でも彼等は友好的で、握手を求めてきた。 どうやら翔の演奏を聞いて、褒めてくれているらしい。 翔の緊張も解けて笑顔を見せると、セッションに誘われた。 翻訳アプリや動画サイトで曲を確認しながら、見ず知らずの彼等と音楽を楽しむ。 久しぶりにどっぷり音楽に浸り、楽しい一時を過ごした翔は満面の笑みを見せた。 演奏後はみんなでバルに行き、ドイツビールを飲みながらLiT Jというバンドで10年ドラマーをしていたことやドイツには恋人を追っかけてきたこと、仕事を探してることを身振り手振りを使って伝えた。 また飲もう!と盛り上がり、翔は楽しい気分で帰宅した。 数日後… アッシュのサッカーの練習後にサチも連れて3人でスタジオに寄った翔はそこでスタッフから話かけられた。 「えっ?何? 今日空いてないのー? 待ち合わせまで時間あるから寄ってみたんだけど…」 「カケっ! お前、こどもがいたのかっ?!」 「? もしかしてここにこども連れてきたらダメだったのかなー? 2人に生演奏見せたかったんだけど…」 映像でしか翔のドラム演奏を知らない2人に良いところを見せたかったのだが… 翔が英語が分からないくて困っていると、アッシュが通訳してくれた。 「カケに仕事頼みたいって人がいるみたいだよ。」 「え?俺に?何の仕事?」 「ドラムの仕事だって。」 「良かったね!カケっ! お仕事見つかったの?」 手を繋いだサチも嬉しそうだ。 翔はまだ半信半疑でいるようで…。 「カケの噂聞いたんだって。 LIVEに出て欲しいって。 …この人…TVで見たことある人だよ?」 「マジでーっ?!」 いきなりプロのバックバンドに誘われて驚く翔。 スタジオスタッフの友人も「お祝いに飲みに行こう!」と言ってくれた。 「ありがとー! でもうちお小遣い制だからさ、ちゃんと働いて給料入ったらねー!(笑)」 すっかり友人とも打ち解けているようだ。 そして…試しに一度LIVEに参加すれば、次々に声がかかるようになり、アマチュアからプロまでいろいろな楽曲に携わることになった。 ついには有名歌手のレコーディングにまで呼ばれるようになり、本人はもちろん珊瑚も、他の家族も、日本の友人たちも驚いている。 「翔って…やっぱスゴいんだな?」 珊瑚も改めてそう言ってくれて、翔は何よりも嬉しかった。

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