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第6話

「客間は二階です。四柱式の天蓋つきのベッドが据えられていて、お姫さまの気分を味わえますよ」 「姫君にしては、むさ苦しいが。それにしても、この建物は何様式に分類されるのかな。豪奢な造りだ」  わたしは軒を支える円柱を撫でた。実際、円柱の一本一本に至るまで浮き彫りがほどこされたファサードなど、文化財級の代物だ。 「住み心地がいいとはいえませんが、贅沢を言える立場にはありません。取り柄といえば広いことくらいで、もっともワインセラーまで備わっている部屋の大半は閉め切ったままです。宝の持ち腐れですね」 「おい、天音! 本当にこいつを泊めるのかよ! 追い返せよ、こんな、おっさん」  青年が、天音と扉の間に躰を割り込ませた。  おとなげないな、と苦笑いを浮かべつつも、わたしは多少ムキになって言い返した。 「初対面の人間をつかまえて『おっさん』呼ばわりは失礼じゃないか? 俺はまだ三十四だ。お節介を承知で言わせてもらうが、きみは口のきき方を勉強すべきだな」 「三十四ぃ? 立派な中年じゃねえか」  青年は鼻で嗤った。一方、天音は肩に置かれた手を邪慳にはたき落とした。  さながら生ごみにたかるハエを追い払うように、無造作に。そして蔑みに満ちた目を青年に向けた。 「哲也(てつや)。おれは聞き分けのないやつは嫌いだ」  ニベもないとは、このことだ。哲也、と呼ばれた青年は闇色をした目をぎらつかせた。  キャップを目深にかぶり直し、ぷいと背中を向けると、大股で車寄せを横切りがてらセダンを蹴飛ばした。  ライトバンに飛び乗り、と同時にエンジンを吹かした。タイヤを軋ませて走りだしたライトバンは、ゴムが焦げる臭いを残して遠ざかっていった。  気まずい空気を吹き飛ばすために、わたしは剽げたふうに肩をすくめてみせた。 「悪かったね。俺が原因で恋人と仲たがいさせてしまったな」 「恋人? とんでもない。あいつは麓の食料品店の息子で奥田哲也。注文した品を届けにくるついでに、おれで遊んでいく──ぶっちゃけて言えば、その程度の関係です」

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