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第14話
だいたい、この事態そのものが現実味に乏しい。
月光がさざめき、そのなかで演じられる無言劇めいたひと幕は、果たして本当に現実のものなのか、それとも奇天烈な夢にすぎないのか。
忍びやかな吐息が鼻先に迫るにつれて、衣ずれがさやさやと歌う。一種、熱っぽい視線が眉間に突き刺さる。
わたしは咄嗟に息を殺した。その直後、やわらかなものが唇に触れて、離れた。
冷たい汗が背中を濡らす。接吻が舞い落ちたように感じたのは、勘違いか……?
くすり、と忍び笑いが空気を震わせた。霞がかった視界のなかで人影が揺らめき、その、しなやかなシルエットが瞼に焼きついた。
足音が遠ざかっていく。ひと呼吸おいて、扉が静かに開け閉めされた。
しばらく、動けなかった。邸内がふたたび寝静まり、グランドファーザー・クロックが午前四時を告げたころ、ようやくベッドの上に起き直った。
ナイトテーブルをまさぐってランプを灯す。
眼鏡をかけ、煙草をたぐり寄せた。鼓動がうるさい、耳許でシンバルを打ち鳴らされているように。
訳が、わからない。ただ……そこをついばまれた感触が、唇に妙に生々しい。
「天音の精神構造はどうなっているんだ? 俺は、仮にも義兄だぞ……?」
にもかかわらず、天音は義兄を相手に突拍子もないことをしでかして憚 らないのだ。
「いくらなんでも、悪ふざけがすぎる……」
ぼやき、髪の毛をかきむしる。ライターを扱う指が小刻みに震えて、何度も火を点けそこなった。
眠気は完全に吹き飛んだ。結局、もう一度うつらうつらしだしたのは、東の空が明るんできたころだ。
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