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第17話

 伸び上がってそちらを見やれば、自然と笑みがこぼれる。リスだ。森からさ迷い出てきたリスが、庭先で日向ぼっこをはじめた。  尻尾を顔の前にかき寄せると、ひとしきり毛づくろいに勤しむ。それが終わると、後ろ肢で立ちあがって鼻をひくつかせる。  天音は目を細めた。忍び足でキャニスターを取ってくると、ヒマワリの種をひとつかみリスに投げてやった。  それから窓辺にしゃがんで、リスが前肢と前歯を使って殻を器用に剝くさまを優しく見守る。  それは微笑ましい反面、どことなく物悲しい光景だ。もっとも近い民家は優に一キロは離れたところに建っている。  天音は二十八歳。山間(やまあい)にぽつりとたたずむ一軒家で隠遁生活を送るには、若すぎる。  人恋しさがつのって胸をかきむしられることはないのだろうか。天音がわたしにやたらとじゃれついてくるのも、それだけ話し相手に飢えていた証拠に他ならない気がする。 「こんな辺鄙な場所で独り暮らし。こう言っては語弊があるが、天音くん、きみは世捨て人みたいだな」  天音と、すかさず訂正したあとで、彼は苦笑交じりにこう付け加えた。 「住めば都です。人ごみは嫌いなので、山荘暮らしはむしろ快適です。冬になると……」    腕をひと振りして、湖をふくめたあたり一帯を指し示してみせる。 「一面の銀世界に変わって、私道のこちら側は陸の孤島と化します。半月あまり誰ともしゃべらないこともザラだけれど、薄っぺらい人間関係にわずらわされることがない生活は、気楽です」    きらびやかな夜景をこよなく愛する里沙とは、まるっきり正反対だ。 「ですから、おれはここでの暮らしに満足しています。世捨て人、大いにけっこうです」  口ぶりは明るい。だが表情が微妙に翳りを帯びて、それは負け惜しみに聞こえた。 「きみさえよければ、また泊まりにくるよ。そういえば、きみは仕事は」 「今度『きみ』といったら怒りますよ? 仕事は……簡単に言えば人形を作って、売って。それは小遣い程度の稼ぎで、足りない分は仕送りですね。要するに、この歳になってもスネカジリです」

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