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第44話

 おまけに本降りになってきた。大粒の雨が容赦なく叩きつけて、船底に水が溜まりはじめた。  湖全体がけぶり、急いで桟橋に漕ぎ帰らないことには、天音を助ける以前に、こちらがお陀仏になる恐れがある。最悪の場合は、天音ともども遺体が発見されるまでには相当な時間がかかる……馬鹿な、縁起でもない。  船底をまさぐってポットを引き寄せた。コーヒーをがぶ飲みして、自分に活を入れる。  もう一回……いや、あと二回もぐっても天音が見つからないときは、SOSを発信して救助隊を派遣してもらおう。  そう決めて空気を胸一杯に吸い込む。それから顔をうつむけた。逆立ちする要領で上体を前に倒し、反動をつけて水を蹴りあげようとしたせつな……、  ぽん、と何かに肩を叩かれた。  わたしは息を呑んだ。弾かれたように振り向き、闇に涼やかに浮かぶ顔をぽかんと見つめ返した。 「天音……きみ……いったい、どこから湧いて出たんだ……?」  テレポーテーションといった超常現象を目の当たりにした思いだ。しかも天音は半死半生の(てい)であるどころか、すうっ……と泳ぎ寄ってくるではないか。 「カナヅチ、といったのは嘘なのか……?」 「カナヅチだったのは子どものころの話で、今では素もぐりも得意です。晶彦さんと入れ替わりに浮かんできながら、水中を行ったり来たりして、鬼ごっこみたいで楽しかったな」 「要するに俺を騙したんだな。ふざけるのも、いいかげんにしろっ!」  声を荒らげざま、小舟の横腹を殴った。全身の血が沸騰するような怒りに囚われ、脳のどこかの回路がショートしたみたいに考えがまとまらない。  天音に背中を向けた。船縁を摑み、ひっくり返らない程度に船体を傾けておいて、小舟に這いずり上がった。  眼鏡を外して眉間を揉んだ。Tシャツを脱いで絞って、また着ると悪寒がした。一杯食わされたあげく熱を出してぶっ倒れるようなことがあれば、いい面の皮だ。  肩で息をするわたしにひきかえ、天音は遊び足りないといった様子だ。優美な身のこなしでひと泳ぎしたあとで、ようやく船縁を躍り越えた。

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