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第45話

 腹の虫がおさまらない。素もぐりは得意と豪語するのなら、こちらにも考えがある。天音など、湖に突き落としてやろうか。  いいや、手ぬるい。湖の真ん中に置き去りにして、お灸をすえてやろうか。  我ながら、お人好しにもほどがある。天音が腰かけ板に落ち着くのを見届けたうえで、漕ぎだした。悪びれた色もないことに、天音は鼻歌交じりに足を組むありさまだ。  いけしゃあしゃあと。わたしを試すようなまねをして、人を虚仮(こけ)にして。  さっき……と天音が口許をほころばせた。膝に頬杖をつくと、上目づかいに見つめてきた。 「必死におれを捜してくれていましたね。ダイナミックな泳ぎっぷりに見惚れてしまいました」 「行きがかり上、見殺しにできないからな。夜の湖でかくれんぼとは、いい経験をさせてもらった」 「嫌みったらしいおっしゃりようですね。そうだ、陳腐な喩え話ですけれど。里沙とおれが同時に溺れかけていたとします。さあ、どちらを先に助けにいきます?」    鼻で嗤い返してやった。わたしは努めて頭の中を空っぽにして、遮二無二小舟を漕いだ。 「怒っているんですね……調子に乗りすぎました。反省してます、許してください」  天音は、うなだれた。(はらわた)が煮えくり返っているにもかかわらず、睫毛を伏せて両手をよじり合わせるさまに、ほだされてしまいそうになった。  だが、甘い顔を見せるのは禁物だ。たった今、まことしやかな嘘をついてわたしをおちょくったこと以外にも、眠っているわたしに無礼を働いたという前科がある。  殊勝ぶってみせるのも手管のひとつで、天音は、また何か企んでいないともかぎらない。  それにしても──「里沙」と即答するのが当然の場面で口ごもってしまった理由が、謎だ。  小舟を横づけにすると、天音はひらりと桟橋に飛び移った。ランタンを捧げ持つと、ロープをたぐり寄せるわたしの手元を甲斐甲斐しく照らす。  しおらしげに振る舞ってみせても金輪際、騙されるものか。全身が怒りにわなわなと震え、それでいて小舟を杭につなぐ間も、ともすれば視線が吸い寄せられる。  ボート小屋のかたわらに軽やかにたたずむ姿態に。濡れたシャツが張りつき、あらわになった躰の線に。  シャツの胸元に浮かぶ、ちっぽけな影。あれは、乳首か……?   あれを哲也にいじられて悦ぶさまを垣間見て股間を熱くしたのは、今朝がたの出来事だ……。

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