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第53話

「これは、ひどいな。台風の本隊がやってくる前に補修しておかないと、家中びしょびしょだ」 「こんな前世紀の遺物みたいな使い勝手の悪い家。いっそのこと壊れてくれれば、せいせいします」 「投げやりな科白を吐くのは、台風が通り過ぎてからにしてくれ。大工道具はどこにある」  一階の納戸という答えを訊くが早いか、わたしは必要なものを取りに走った。幸いなことに釘もべニア板も十分な本数と枚数がそろっている。 「とりあえず板でふさごう。釘を打つあいだ押さえていてくれ」 「金槌を扱う手つきがサマになっていますよ。そうだ、晴れたら煉瓦がひび割れてきている煙突も修繕してもらおうかな。ボート小屋のペンキの塗り替えも。仕事は、どっさりありますよ」  などと混ぜっ返す天音に手伝わせてべニア板を打ちつけた。応急処置をほどこし終えると、手分けして鎧戸を閉めて回った。  居間で落ち合い、ソファに腰かけてひと息つく。それとほぼ同時に蛍光灯がちらつきだした。ほどなく山荘に闇が落ちた。 「停電か。蠟燭(ろうそく)か懐中電灯は、どこにしまってある」 「じっとしていてください。自家発電の設備が備わっているから、おっつけ稼働します」  と、至極冷静にわたしを諌めたわりには安楽椅子からソファに移り座ると、手を探り求めてくる。 「あっちに行ってくれ、煙草が()いたい。きみがどかないなら階上(うえ)に行って一服してくる」 「……雷は苦手中の苦手なんです。後生ですから、すげなくしないでください」  か細い声でそう呟くと、躰をすり寄せてくる。  天音の左腕と触れ合う右腕が、異様に熱い。わたしは肘かけを握りしめた。ともすれば天音に伸びてゆきがちになる左手の掌に爪を食い込ませて、耐えた。  カナヅチだ、とほらを吹いて、わたしをハメた天音の言うことだ。雷に怯えてみせるのもお芝居にすぎなくて、何かまた魂胆があるにちがいない。  薄闇の中で息を殺していると、逆に嗅覚が研ぎ澄まされる。鼻孔をかすめる髪の香りに悩ましい気分になって、なおさら煙草が喫いたくなる。  わたしは、ひっきりなしに眼鏡をいじった。生乾きのシャツが蒸れて背中がむず痒い。どうして馬鹿正直に居間に来てしまったのか。シャワーを浴びるのにかこつけて客間に引き上げておけば、気づまりな思いをすることはなかった。

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