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第54話

 雨音はますます、すさまじい。山荘の裏手に、ひと群れのシラカバが生えている。その枝々が鎧戸を打つなかで天音と寄り添い、嵐が収まるのを待っていると、地球上にたったふたり取り残された気がしてくる。  雷鳴が鳴り渡るたびに、天音がひっしとしがみついてくる。そうやって頼られると、まんざら悪い気はしない。むしろ甘酸っぱいものが胸に広がり、かえって躰が強ばる。  髪を撫でて、大丈夫だ、俺がついている──と囁きかけるくらいのことは、してやってもバチが当たらない気がする。  だが天音の言うことを鵜呑みにしたばかりに、夜の湖を泳ぐ羽目になったではないか? ペテンにかかって、アホ面をさらすのはもう懲り懲りだ。  ゆえに、わたしは肘かけに載せた手を拳に握り、頑なに口をつぐみつづけた。  つと天音が立ち上がった。右腕にかかっていた重みが消えた。わたしはほっと息をつき、その一方で、そこに消え残るほのかなぬくもりを恋うように腕をさすった。眼鏡を外して瞼を揉んだ。  轟音が数分おきに森をどよもすなか、ほっそりしたシルエットが遠ざかっていく。マントルピースの陰にまぎれ、一拍おいて衣ずれがくぐもった。  倒木が道をふさいでさえいなければ、ぼちぼち最寄りのインターチェンジにたどり着いていたころだ。そう思うと、ひっきりなしにため息がこぼれる。  その間も強風が吹き荒れて、どうどうと山荘全体を揺さぶる。まったくもって忌々しい嵐だ。  窓を閉め切っているために、蒸し蒸しして苛立ちがつのる。やはり煙草を喫いがてら、客間に退散しよう。そう決めて、腰を上げたとき、モーターの振動が床を通して伝わってきた。  相前後して自家発電に切り替わり、明かりが点いた。わたしは眩しさに目をすがめ、そして、ぽかんと口をあけた。  もぎたての果物のように、みずやかな裸身がマントルピースを背にしてそこにあった。 「きみは露出狂なのか。いったい、なんの真似なんだ……」 「晶彦さんが深層心理でこうしたいと望んでいることを叶えるために、およばずながら協力を」  天音は莞爾(かんじ)と微笑むと、脱いだものを爪先で蹴りさばいた。股間を手で覆うどころか羞じらう素ぶりもみせず、軽やかな足どりで歩み寄ってきた。  ソファの正面で足を止めると、右の膝をソファの座面に、左手を肘かけに載せて前にのめった。そして上目づかいに婀娜(あだ)っぽい流し目をよこす。

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