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第56話

 手玉に取られる一方のわたしを内心、小馬鹿にしているのか? 神経を逆なでされた。歯が当たって痛みが走ってもかまわず、わたしは強引に指を引き抜いた。そして、どきりとした。  指が唾液に濡れているさまから、精液にまみれたペニスを連想した。天音が上目づかいに舌舐めずりするさまに、いたく獣欲を刺激された。雄が頭をもたげ、それは瞬く間に勃ちあがっていく。  わたしを、そそのかす者がある。あちらが触れなば落ちんの風情で迫ってくるのだ。では、お望みどおり据え膳を食って何が悪い?   屹立をぶち込んで、思うさま(なか)を蹂躙してやればいい……。  ふらふらと乳首に手を伸ばしかけ、そこで里沙の面影が目の前にちらついた。わたしは顔を背けた。 「退屈しのぎに人を玩具にするのが、きみの流儀とみえるが。遊び相手と同列に扱われて、不愉快だ」 「そんなふうに曲解されるのは心外です。おれは、純粋に晶彦さんのことが……っ!」   おそらく森の中に落ちた。ことのほか大きな雷鳴に肝を冷やした直後、砲弾が炸裂したようなすさまじい音が耳をつんざいた。  天音は覿面に蒼ざめると、渾身の力で抱きついてきた。怖い、とうわ言のように繰り返す彼を無下にしかねた。それが失敗だった。  耳を(ろう)する残響が消え去っていくにつれて、天音の表情は不安げなものから小悪魔的なものへと変貌を遂げた。するり、と腹の間にすべり込んだ手が、をジーンズのフロント越しに探り当てた。  くく、と天音は喉の奥で嗤うと素早くファスナーの金具をつまみ、一センチばかり下ろした。 「里沙を大義名分に拒んでみせても説得力に欠けますよ。ここをカチカチにしておいて……白々しい」 「論点をすり替えるな。とにかく茶番劇に人を巻き込むのはやめて、服を着なさい」 「『やめろ』は通用しませんよ。おれを拒んでみせるのはポーズにすぎないと、ここが白状している」    と、含み笑いを洩らすと、猫のように躰をくねらせてずり下がっていき、足下にひざまずいた。そして天音は欲情にけぶる眼差しで、わたしを煽りたてる。脚の付け根に頬ずりしてくる。  リクエストに応じて、しゃぶって差しあげましょうか──わたしの意思を尊重するかのように、ファスナーの金具を今度は歯で挟む。  下ろす? あくまで拒絶する? そう問うてくるように口角をあげる。  その狡智に長けたふるまいが、理性を狂わせる。

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