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第67話

「こう明るくちゃ、せっかくの花火も台なしだな。やっぱり日が暮れてからやり直そう」 「真昼の花火に限らず、人目につかないところで綺麗な花を咲かせるものは、世の中にはたくさんありますよ。たとえばドクダミの花は純白であれで案外、可憐ですし……」  思わせぶりに口をつぐむと、次の一本に火を近づける。フキの葉をもぎながら、薄く笑む。 「秘めた恋も美しいものだと思いませんか?」  葉っぱを差しかけて花火に陰を作ってやると、熱情の色をたたえた目でまっすぐ見つめてくる。  わたしに密かに恋している、と言外に匂わせたのだろうか。いいや、それは自意識過剰というものだ。とはいうものの返事に窮する。わたしも花火を手にした。伏し目がちに、に火を点けた。  天音は膝に頬杖をついた。口許に微笑を漂わせて花火に見入る。その横顔は儚げで、今すぐ天音を抱きしめたいという衝動を抑え込むのに苦労する。だが……。  わたしは義弟と不義を働いた。その禁断の木の実の味は喩えようもなくすばらしいものだが、それは中毒性も強い。もう一度かじるようなことがあれば、奈落に転げ落ちる。  天音が足を八の字に投げ出した。後ろ手をつくと仰向けに倒れていって、大の字になった。 「昨日は突風に山荘の屋根を持っていかれそうで冷や冷やものだったけれど、今日は、すがすがしい」  本当に昨日の嵐が嘘のような好天だ。刷毛でひと撫でしたような雲が青空を彩り、アキアカネがツユクサの葉先で(はね)を休める。  それは秋の訪れを告げる使者だ。もうしばらくして木々が色づきだせば、季節は足早にうつろう。天音は雪に閉ざされるこの山荘で、ひとりっきりでひと冬を過ごすのだ。  結局、ひと束全部、線香花火をやりつくした。燃えかすを拾い集める段では、物足りなさが残った。  たぶんにその感傷は、数日中に天音に別れを告げざるをえないという、やるせなさに根ざしている。  天音が、自分は後腐れのない相手だといいたげに、さばさばと振る舞ってみせるから、よけい未練がつのる。  帰りましょう、と天音が手を伸ばしてきた。くすぐったいような気分で握り返した。  手をつないで小径を折り返す。所詮、うたかたの蜜月だ。通行止めが解除されれば、わたしは愛車を運転して日常に戻る。  神崎家の娘を(めと)った者の義務として、冠婚葬祭の場で天音と同席することは多々あるはずだ。  そのさい、天音とわたしの間を流れる微妙な空気から里沙に疑惑を持たれることがないように、彼と濃密な時間を過ごした日々のひとコマ、ひとコマは記憶の底に封じ込めてしまおう。  それが、賢明な判断というものだ。

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