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第7話【R18】
佳の歓迎会という名の夕食は、和やかなうちに終了した。賑やかで明るいことが好きな者同士気が合うのか、目の前で喋り続ける暁人と佳の話についていけず、陸は黙々とカレーを減らすことに専念する。
デザートに冷やしていたアイスクリームを食べて、らしくもなくゲームや雑談に興じたりして過ごした。交代で風呂を使って後片付けをすませると、もう日付が変わる直前だった。
「今日はありがとうな。また都合が合う時はなんか作るから、リクエストとかあったら言ってくれよ」
それじゃあお休みと、リビングのソファを衝立がわりにした寝床に佳が引っ込むと、陸と暁人も挨拶をして寝室のドアを閉める。
なんだか酷く疲れる一日になった。僅かに痛む気がするこめかみを押さえていると、ふいに手首を掴まれて思わず振り払いそうになる。
「陸」
そのまま近づけられた唇を、拒絶するでも受け入れるでもなく好きにさせる。唇を舐めてきた舌に突かれて口を開けると、熱く湿った肉がずるりと侵入してきた。
濡れた粘膜を擦り合わせる感覚に、頭の芯がくらくらする。息が乱れて苦しい。暁人と唇の動きだけで名前を呼ぶと、ぐっと後頭部から押しつけられてより深く中を犯される。
「んぅ、っあ、ま……て」
「可愛い新入生のお誘いを断って帰ってきたんだよ。責任取ってね」
押しつけられた暁人の下半身はすでに興奮していて、布越しに感じる欲に思わず頬に血が上った
若くて柔らかい身体で発散する予定だった熱を慰めろという暁人に、どう返事をしていいのかわからなくて無言のまま指を這わせていく。
「っは、ぁ、陸」
陸、陸、と暁人の声が名前を呼ぶ。いつもより低い、切羽詰まったような声に心臓が重く跳ねる。
「ね、口でしてよ」
耳を舐めながらお願いとねだられると、強くは抵抗できなかった。年下であることを上手に使える暁人の言葉には、いつだって逆らえない。
「声、我慢しろよ」
「さあ、どうかな」
面白そうに笑う恋人をベッドに座らせると、広げた暁人の足の間に膝立ちになる。恐る恐る着衣に手をかけて引き下ろすと、興奮した雄の匂いが鼻をついた。先ほどまで手で触れていたものに、思い切って舌を伸ばす。
初めてではないが、口での奉仕は味も匂いも生々しくて、全身の血液がぶるりと震えるような感覚が走る。
「っあ、ふ、んぅ、っあ」
「だめ……のまま、のんで」
「んぐ、ッう、んンっ」
舌に感じる青臭いえぐみに逃げそうになると、許さないとばかりに髪を掴まれて揺さぶられる。上顎を擦る性器の先が、びくっと震えて滴を垂らした。
「っっ、りくッ」
そのまま押しつけられた口腔内に精液が叩きつけられると、上手く飲み込むことが出来ずむせてしまう。離してくれともがくと、両手で抱えられた頭にキスをされて、飲み込んでと囁かれた。
「ん……んぅ」
なんとか喉を動かして口の中のものを飲み下すと、まるでペットを褒めるように優しく撫でられる。口の中は不快な味で一杯で、居た堪れなさに立ち上がって距離をとった。
「ありがとう、気持ちよかったよ。はいお水、いま洗面所に行くのは不味いでしょ」
サイドボードに置いてあるペットボトルを渡されて、仕方なく口の中に残っていた精液ごと水を飲む。暁人は抑える気がまるでなかったから、隣に聞こえてしまったかもしれない。
「あー、すっきりしたから眠い。おやすみ、陸」
「おやすみ」
さっさと下肢を清めて服を整えると、暁人は大きな欠伸をして横になってしまった。残しても仕方のない水を全て胃に流し込み、ずきずきと痛み出した頭に目頭を指で押さえる。
「暁人」
「……なに」
「弟は、やめてくれ」
どう取り繕っても仕方のない話を直球でぶつけると、仰向けで寝転がっていた暁人の目がうっすらを開けられる。
「佳くんかぁ、陸とは真逆のタイプだよね。顔は少し似てるから、なんか新鮮な感じ」
ひらひらと手を動かしながら笑う暁人の顔は、もう先ほどまでの切羽詰まった熱は欠片も感じられない。
気に入った玩具を買い換えるように、近づいてくる女性たちを取っ替え引っ替えしている男。陸以外は過去に一度あっただけだが、彼が男も性対象にできるのは周知の事実だ。
けれど、もしも暁人と佳がそうなったなら、それはこれまでの浮気とはわけが違う。そもそも自分が本命なのかも不明だが、陸にとって弟との相手の共有は絶対に許容することの出来ないレッドラインだった。
「冗談だよ、そんな怖い顔しないで。俺は兄弟とか親子とか、身内と乱行する趣味はありませーん。ああいうの、実際に出来る人間っているかな。気持ち悪い」
暁人はデリカシーのない馬鹿ではない。友人としてもそれなり長い付き合いで弟の話が一切でなかったことでも、陸と佳の微妙な関係を察することは出来るはずだ。
「安心したかな。ほら、もう寝よう」
おいでと言いたげに広げられた手に、警戒する猫のように遠巻きにしてから近づく。笑う暁人を睨みながら側によると、ぐっと腕を掴まれてベッドの上で抱きこまれた。
久しぶりに向かい合った姿勢で、暁人の手が陸の髪を梳くように撫でる。サイドランプの明かりをうけた橙色を帯びた茶色が、まるで琥珀のようだとぼんやり思う。
「陸が好きだよ」
子守唄のような暁人の声を聞きながら、陸は暖かい腕の中で目を閉じた。
超えないでくれと言ったのに、暁人はその一線を軽々と乗り越えた。
数日福井に行くことになったと教えた時から、何処かでこうなるのではと予感していた。だからこそ、本来三日である出張を五日間だと嘘をついた。
結果は陸の予想通りだ。連絡をせず戻ったマンションのドアを静かに開けると、普段ならアルバイト中のはずの佳の靴がきちんと並んで玄関にあった。その隣には、同じように揃えられたブランド物の靴。
手狭なリビングキッチンに部屋がひとつの空間で、漏れてくる声と音を遮ることは不可能だ。せめてもうひと部屋ある物件にすべきだったかと、今さらどうでもいい後悔をする。
別れると決めたなら、もはや一秒たりとも彼らと同じ空気を吸っていたくなかった。靴を脱いで上がると、とりあえずリビングに置いてあった充電器やバッテリーの類を鞄の中に押し込んでおく。これさえあれば、あとは基本的に持ち歩いたりオンライン管理しているものばかりだ。
自分の私物などこの程度かとため息をついてから、ふと思いついて寝室のドアをノックなしで開けた。途端に小さな叫び声とベッドが軋む音がしたが、気にすることなくクローゼットを開けて引き出しを探る。服はともかく、流石に下着類の始末を他人任せにしたくはない。
たいして数もないそれを適当に近くにあった紙袋に詰め終えると、これで作業完了と立ち上がる。改めてベッドの方を振り返ると、間抜けな裸体を晒した男二人が、先ほど見たときと変わらない姿勢のまま固まっていた。
その姿に嫌悪感は湧いても、すでに一欠片の恋しさも悲しみも感じることはない。
「後のものはそっちで処分してくれ。それじゃあ、ごゆっくり」
キーケースからマンションの鍵を外すと、わざと組み敷かれている佳の近くに放り投げてやった。陸よりも大きな黒い目に怯えが走ったのが分かったが、無視をして部屋を後にする。
必要なものは全て、今から新品を買いに行こう。この空間で使っていた代物など、何ひとつ手元に残して置きたくなかった。
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