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第27話

 別れの瞬間とは、どんな顔をすればいいものなのだろう。  名残惜しげに、晴れやかに、悲しげに。いくら想像してみても、根拠のないまたを言い合える関係でしか交わしたことのない別れの言葉は、なんの参考にもなりはしない。 「暁人ぉ、このたこ焼きなんだか甘いよ」  ひと口目で露骨に眉尻を下げる聡介に、どうしても食べたいと泣き付かれて買いに走った暁人をため息を吐くしかなかった。  せめて先に、こちらを労るひと言くらいないものか。まったく母といい、陸といい、この男のどこがそんなに魅力的だったのだろうと情けなくなる。 「仕方ないだろ。化学療法中なんだから味覚がおかしくなってるんだよ。そんなに食べたいなら、今度冷凍のやつも試してみよう。ソースつけない方が味がわかるかもしれないし」 「えぇ、お父さんは王道のソースマヨたこ焼きが一番好きなのになぁ」 「ソースとマヨネーズなら、どっちの方が変に感じるか試してみたら」 「そうか。うーん、うーん、どっちだろう?」 「分からないならいいよ。あ、陸からまた写真きてる」 「どれどれ。お、陸くん気持ち良さそうだな」  時差を考えればあちらは真夜中。昼間の作業中の写真だろうか、どこまでも続いている青空と360度の平原の中に刻まれた雄大な恐竜の渓谷。すっかり日焼けをしているのが見慣れた陸の顔が、手にした石を指差しながら晴れやかに笑っている。 「肉食竜の爪に見えるけど、もう少し鮮明な画像じゃないとよく分からないな。はは、いいなぁ。あっちじゃあ、こんなのが本当に石ころみたいにゴロゴロ埋まっているんだぞ」 「ふぅん。それじゃあこれは、そんなに貴重なものではないってこと?」 「まあ、そうなるな。でもこの国では中々お目にかかれない。何もかも違うんだな、本当に」  圧倒的な力を感じる大地の風景に目を細めながら、その中に溶け込む愛弟子の画像を聡介の手が優しく撫でる。数年前までは夏には発掘調査の手伝いなどで日焼けをしていた父の手は、白くなってシワが増え、ひと回りは小さくなったようだ。  左肺全摘となった手術から数年。間隔をあけての化学療法は、肉体的負担が強いわりにはあまり効果を発揮していない。 「陸が居るのって、父さんが若い頃に行く予定だったのと同じ大学なんでしょう。そんなに何十年も同じ場所からじゃんじゃか化石が出るものなの」 「ここは氷河に守られていた特別な場所なんだ。モンゴルや南米も魅力的だが、やっぱり僕はここが一番好きだよ。暁人が出来なきゃ、父さんもここの作業員くらいにはなれたかもしれないのになぁ」 「そういうこと、息子を目の前にして言うかね」 「だって事実だもん」  飄々とした態度でこれまで送られてきた写真をフリックしていく聡介の目は、まるで少年のようにキラキラと輝いている。  両親の関係は、母からの一方的な押しつけに近いものだったと聞いている。母はまだ研修医の身で妊娠してしまい、怒り狂う祖父と呑気な父を説得して結婚に持ち込んだらしい。  当時準備を進めていた聡介のカナダ留学は、母の妊娠をきっかけに水疱に帰した。自業自得とはいえ、地元に深く根を下ろして生きる梶家の一人娘に手をつけて妊娠させた男は、そのまま息子という足枷をはめられて鳥籠の鳥になったのだ。  聡介は良くも悪くも自身の興味を引くものにしか関心を示さない人間で、彼にとっては母も暁人もたまたま身内という枠に収まっただけの存在だ。愛されていないわけではない。ただ自分の親は人間より骨を愛する変人なのだと、幼いながらに納得するしかなかった。 「陸くんも随分と逞しくなったなぁ。こっちにいた時は、ニホントカゲの子どもみたいな子だったのに」 「はい?」 「似てるでしょう。子どもの頃はね、尻尾が綺麗な虹色をしているんだ。いまじゃ立派なヴェロキラプトルって感じだね」 「爬虫類に例えるのやめてよ」

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