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第30話

「ここおもてなし用のお菓子とか用意して無くて、こんなのでごめんね」  縁側に面した和室に通されると、レトロな雰囲気のちゃぶ台に菓子を盛ったプラスチックの小皿と冷たい麦茶でもてなされた。  ざっと見させてもらった洋館の方は変わらない雰囲気だが、本来は生活空間でもあった和室は随分と家具や雑多なものが増えている。鴨居に飾られた賞状や子どもの絵に、積み重ねられた歳月の重みを感じる。 「あー、あっちゃん、俺のお菓子出すなよなぁ」 「お、ま、え、は黙って勉強をしていろ。ほら、もうすぐオンラインの授業始まるぞ。オヤツはその後だ」 「ばーか、バカ暁人!」 「コラッ」  暁人が拳を振りかざすフリをすると、べえっと舌を出して威勢の良い子どもは洋館の方へと走っていく。静かで集中できるからと、書斎は彼の勉強部屋になっているらしい。 「えと、なに君だっけ?」 「ヒロト。寛容の寛に、俺と同じで人って書くの。最近のガキは本当に、こまっしゃくれて生意気だから扱い難くて困るよ」  でも頭めちゃくちゃ良いんだよね、と親馬鹿なことを言う暁人が微笑ましくて、思わず吹き出してしまう。ごめんと断ってなんとか堪えたが、結局耐えきれずに陸は笑い声を上げてしまった。  だって傑作だ。あの暁人が、可愛い顔をして相手を取っ替え引っ替えしていた男が、一人前に親の顔をしているのだから笑うしかない。 「あははははッ、ごめ、はは、そうか、暁人が人の親か。俺も歳をとるはずだな」 「ちょっと、なに勘違いしてるのか知らないけど、俺まだぎりぎり二十代なんだけど」 「そういえば、あの子幾つだ。小学一年と仮定しても……え、お前、実習が始まってもいない歳でそんな」 「だから、俺の子どもじゃないんだってば。歳を考えたら分かるかと思ったら何それ、陸の中でも俺のイメージどうなってるの。養子だよ。寛人は爺さんの妹の息子の娘夫婦の長男」 「ん、んン??」 「つまり親戚の子を養子にもらったの。長男だから初めは難色示されたけど、寛人はうちの親族の中でも一番優秀な子でさ。家長の爺さんのひと声で決定。普段は実家で暮らしてるけど、俺が休みの日だけ泊まりに来てるんだ」 「本家の跡取りを今から養子にしたってことか。いやでも、お前に実子ができたらどうするんだ」 「うーん、俺は結婚する気はないけど、そもそも爺さんが実力主義者だからね。万が一そうなったとしても寛人より頭の良い子なんてそうそう出来ないだろうから、早めに跡取りとしての地盤固めとくのもいいと思うよ。一族経営続けるなら続けるで、一番優秀なのを頭に据えとかないと」 「色々と、大変なんだな」  納得するようなしないような旧家の家庭事情に、半分首を傾げながら出された麦茶に口をつける。ふわりと鼻腔にくる芳ばしい香りに、日本に帰ってきたのだとしみじみ思った。 「せっかくだから、晩ごはん食べて行くでしょう。しばらく実家泊まり?」 「いや、ここへはさっき着いたばかりだ。先生にお借りしていた品を返したら、市内にとっているホテルに戻る予定にしている」 「ならここに泊まって行きなよ。寛人が本家は嫌だってゴネるから、こっちで色々と揃えて生活できるようにしてあるんだ。着替えなら俺のを貸すし。あ、新品の買い置きをね」 「あっちゃん、終わったぞぉ、オヤツー!」 「もうかよ。分かった、分かった。いま用意するから座って待ってろ。お父さんのお友だちに失礼なこと言うなよ」 「あっちゃんはお父さんじゃねーだろ」 「慣れとけって爺さんにも言われてんの」  ぶつくさと言いながら台所に暁人が引っ込むと、ちゃぶ台の上の菓子をひとつ取った寛人がちらりとこちらを見る。 「おっさん、名前なんてぇの。俺は梶寛人」 「お、おじさんは鹿島陸といって、暁人のお父さんの梶教授に大変お世話になりまして……」 「うわ、面倒くさい挨拶。なんだ、おっさんが爺さまからの見合い蹴りまくってる原因かぁ。ふむ、まあそれなりに、綺麗なんじゃねぇの」 「はぁ?」  なんだかとんでもないことを言われたような気がして目を白黒させていると、利発そうな子どもがケラケラと笑う。くりっとした目元といい、初対面から遠慮のない不遜さといい、これは確かに梶家の跡取りに相応しいのかもしれない。 「お待たせ、ホットケーキのシロップはかけ過ぎるなよ」 「はーい。陸くんも食べる?」 「いや、君のオヤツだろうから遠慮しておくよ」 「あっくんの料理、けっこう美味しいんだぜ。あっくーん、夜はカレーの約束覚えてるよなぁ」  台所に向けた寛人の呼びかけに、えーという声が返ってくる。片付けでもしていたのか、水の流れる音が止まってから暁人が和室に戻ってきた。 「今夜は天丼食いたいって言ってたじゃねぇか。もう下ごしらえしてあるんだから、絶対に変更はしないぞ」 「いいじゃん。陸くんと積もる話もあるだろうから、お邪魔虫は家に帰るし。それくらいは我儘きいてよ」 「おま、なっ、ば、馬鹿。ガキがなに気ィ使ってんだよ」  そそくさとまた台所に戻ってしまう暁人に、年甲斐もなくこちらまで恥ずかしくなる。ゆっくりと話をしたかったのは事実だが、なんだか先ほどから居た堪れない。  懐かしさと恥ずかしさに交互に襲われながら、陸は咳をするふりをして笑う子どもから視線を逸らした。

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