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第35話【R18】

 探るように入り込んできた舌を捕まえて、ぬるぬるとお互いの粘膜を擦り合う。陸の舌は暁人が知る他の人間よりも少し長くて、器用に絡んでくるそれを食べるように歯で愛撫してやる。 「ん、っんン、ぁ」 「陸、陸、好きだよ、だいすき」  離れては絡む舌を堪能しながら、水が滴るシャツの上から引き締まった身体の線を確かめる。いくら夏とはいえこのままでは風邪をひくかもしれないのに、ようやく触れることを許された手を止めることができない。 「あき……っと、ま」 「ん、最後まではしないから……もう少しだけ、触らせて」  一度口付けを解いて額を合わせると、躊躇うように視線を彷徨わせてから陸が頷く。まるで初心な子どものように、心臓が口から飛び出しそうだ。ありがとうと軽くキスをしてから、自分のシャツを脱いで片付いている書斎机の上に広げる。 「ちょっと背中痛いかもしれないけど、ごめんね」 「いや、別に……そんな気を使うな、かえって恥ずかしいだろ」 「なんで?」 「お前、俺を幾つだと思ってるんだ。もういい年のおじさんだぞ。萎えたときはその、適当に誤魔化してくれ」  居心地悪そうにそんなことを言う年上の人が可愛いと思えるのだから、自分も大概末期だなと笑ってしまう。  ああそうだ、とっくにもう、回復不可能の不治の病だ。今も昔もきれいな人を引き寄せて、髪から鼻先に首筋と至る所にキスをする。 「陸がおじさんになる時は、俺も同じだって言ったじゃない」 「ッ、れは、そうだが」 「相変わらず白いね。写真や動画よく送ってくれてた頃は、健康そうな色だったのに」  丁寧にボタンを外したシャツを足元に落とすと、べしゃりと濡れた音がした。過酷な作業にも耐えうるよう鍛えた陸の身体は、躍動する鹿のようにしなやかに引き締まっている。  負けじと鍛えてきたつもりではあるけれど、骨格バランス的には負けたかなと思って笑うと、何故か軽く頭を叩かれた。 「現場仕事より、館内でのクリーニングや復元作業を任されることが増えたんだ。あと焼けると痛くなるから、日焼け止めも塗るようになった」 「え、学生時代は塗ってなかったの」 「っるさい、うわ」  気が逸れていたところを少し強引に机の上に押し倒すと、しばらく無言で見つめ合ってからそろりと腕が伸ばされる。  空はまだ唸りを上げながら、時折り白い稲光を投げかけている。なんだか閉じ込められたみたいだ。いや、初めて陸を見たときから、暁人はずっとこの場所に囚われているのかもしれない。 「触ってもいい?」 「いちいち、聞くな」  だってと反論しかけた暁人の身体を、陸の長い指がゆっくりとなぞり上げていく。腕から肩へ、肩から鎖骨、そして胸筋から腹部へと移動する動きをなぞるように、暁人の手も陸の上半身を確かめていく。 「どうしよう」 「なに、が」 「陸にまともに触るのって初めてだから、俺ちょっと……いやかなり、余裕ないかも」 「ッあ」  わざと強く噛んで鎖骨のあたりに歯形を残すと、組み敷いた身体が驚いたように跳ねる。緊張しているのは陸も同じだ。雨の味がする冷たい肌に舌を這わせると、そこだけ色の違う場所が目に入る。  濡れたせいで寒いのか、ほんの少し立ち上がっている突起を口に含むと、恥ずかしさに耐えきれないといった様子で腕で顔を隠されてしまう。ふにゃりと柔らかい肉が、舌先で嬲ると芯を持つのが分かって甘く歯を立てる。  暁人が触れようとすると逃げてばかりいた人がいま腕の中にいる事実が、耳に響く雷鳴と激しい雨音もあって現実感がない。 「あっ、ば、ばか、そこばっかり……んッ」  今度は指で押しつぶしてやると、ひくりと陸の腰が蠢く。彼のきれいな上半身。そこまでは、以前にも触れたことがある領域だ。  ごくりと唾を飲むのは、興奮よりも緊張とほんの少しの恐怖からだ。真正面から拒絶され、萎えた状態を突きつけられた、あの日のトラウマが蘇る。 「暁人、止めておくか?」 「あ、ごめッ、違うんだ。なんていうか、その……ちょっと、怖くなって」  どんなに好きな気持ちはあっても、生理的に駄目だということはある。特に自分たちは同性同士。聡介と同じく、人そのものへの興味が薄い陸の性的嗜好は分からないが、少なくとも女性に嫌悪を抱いている所を見たことはない。  そして陸は恐らく、聡介とはそういった行為に至っている。もしこの状況でも駄目だと突きつけられたら、さすがに立ち直れないかもしれないと手が止まる。 「なら、俺がする」 「え、あ、うっ、でも、汚れてるし」 「手でならいいのか?」 「うわッ」  勢いをつけることなく腹筋だけで起き上がった陸の手が、まだチャックひとつ乱していない下肢に伸ばされる。生地越しにするすると撫でまわされると、素直に反応してしまうのが恥ずかしい。 「ちょ、ちょっと、いいよ」 「俺ばかりされっぱなしは狡いだろう。それに……俺も、暁人に触りたい」  その一言は腰にくると思ったときはもう遅く、一気に集まった血液が興奮を示す。男の身体は、恥ずかしくて素直で残酷だ。  金属が擦れる音がして、冷たい指の感触が下着の中に滑り込んでくる。八つ当たり気味にもっと酷い行為させたことだってあるのに、馬鹿みたいに心臓が跳ねて緊張する。 「んッ、陸のも、触っていい?」 「いい、けど、まだ明るいから、見るのはなしな」 「明るいって、大荒れじゃん」 「とにかく、いきなり見られるのはその、ハードルが高すぎるッ」 「分かった」  こっちはそれどころではないハードル越えなんだけど、と内心ぼやきつつ、手が止まってしまった陸の着衣も同じように前をくつろげてやる。 「じゃあ、見ないようにするからくっつこう」  抱き寄せてお互いの性器を合わせると、ぶるりと腰に震えが走る。ぬるつく体液の感触が、自分のものだけではないと気付いて泣きそうになった。  お互いの体臭が雨の匂いに混じっていく。馬鹿みたいに名前を呼び合って、唾液が溢れるのもかまわず唇を合わせて、境界がなくなるような一瞬の快楽に酔う。 「あっ、まて、ッきと、もう」 「ん……うん、いいよ、いって、俺もッも」 「ぅん、っあっ、め……ッあ」 「ッりく」  手で受け止めた精液が、どろりと落ちて服を汚した。荒く乱れていた息を整えながら、名残惜しく啄むだけのキスをする。幸せで幸せで、つま先から溶けてしまいそうだ。 「いやじゃ、なかった?」 「……ひたすら恥ずかしいな」 「ははは、俺も」  起き上がった陸の下でくしゃくしゃになっていたシャツをとると、手早く汚れた場所を拭っておく。  軽く後始末をして書斎を後にする頃には、あれほど煩かった雷も遠くに響く程度になっていた。まだ降り続いている雨に、仕方なくドアを開けておくだけの換気に済ませておく。  よりにもよってこの部屋で、と呟いている陸の背中を押して、とりあえず風呂に入ろうと暁人は笑った。

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