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夏色ゼリー 前
ホームルームの終了と共に、教室は一気にざわめきに包まれる。
授業が終わると、同級生たちは大きく二つのグループに別れる。放課後は家で習い事に忙しい暁人は、低学年の頃からホームクラスには行っていない。
母親も祖母も幼い頃に亡くした梶家には、気難しい家長の顔を崩さない祖父と、自分の世界でだけ生きている大きな子供のような父しかいない。
家に帰るとお手伝いのフミノさんがオヤツを用意してくれていて、それ食べたら自宅に通いで来る家庭教師たちと勉強やお稽古の日々。
正直、慣れてはいるがつまらない。積まれた課題をお行儀良くこなす事の必要性は理解しているが、暴れたい盛りの子供には大人に内緒で発散できる場も必要だ。
「んじゃな、また明日ぁ」
「おう、暁人。勉強がんばれよ」
クラスでは人気者の暁人が挨拶をすると、同級生たちがみな手を振ってさよならと声を掛ける。確かに待っているのは勉強だが、さっさと義務を済ませばあとは自由だ。今日はどんな虫が見つけられるかなと、ワクワクしながら教室から飛び出す。
小さな山を背負う梶家本宅とは別の場所にある離れは、祖父の祖父、つまり暁人のひいひい爺さんが建てた和洋折衷の古い屋敷だ。収集品を本宅に持ち込むなと祖父に言われた父は、これ幸いとその離れを書斎として好き勝手に利用している。
化石時代の生き物をこよなく愛でる父は悪戯盛りの息子に鍵をくれなかったが、古い建物の鍵などあってないような物だ。祖父の目が届かない離れは、暁人にとっても格好の遊び場であり、コレクション置き場としても最高だった。
「陸、今日は来るかな」
暁人の秘密基地に去年の春から顔を見せるようになった鹿島陸は、父から離れの鍵をもらったという地質学部の中学生だ。
父と気が合うくらいだから当然だが、年上のくせに色々とズレている感覚が話していて面白い。なにより、本家で一人食べる手作りデザートより、父が離れに買い込んでいる駄菓子を二人で食べる方がずっと楽しい。あの時間が待っていると思うと、家族のいない家に帰る足取りも軽くなる。
フミノさんの抑揚のないお帰りなさいませに明るく返事をして、おやつが置かれるまでの間にさっと宿題をすませてしまう。
暁人の希望で、平日のお稽古は一日一時間までだ。無論、全国模試の結果が落ちれば、こちらの希望など即解除される。自由を得るには結果が必要。それが幼い頃から祖父に叩き込まれてきた、梶家のルールである。
「おやつがご用意できましたので、先生が来られるまでご休憩ください」
「はーい」
趣味ではない花柄の皿に乗って出てきた本日のおやつは、フランベされたバナナが包まれたキャラメルクレープだ。
ちょこんと飾られた飾られたミントをさっそくナイフで皿の隅にやると、お行儀良く手の込んだデザートを口に運んでいく。
時計を見ると、そろそろ部活のない中学生は帰りだす時間だ。陸の入っている地質学部は毎日活動があるような部ではないため、彼は学校が終わると真っ直ぐに離れにやってくる。
はやく解放される時間にならないかなと思いながら、暁人は口の中の甘い塊を咀嚼した。
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