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「失恋とか俺はしないですし。する理由もないですし」
「じゃあなんだよ」
「……親友の好きな子が、俺のことを好きだったらしくて」
それを口にした途端、怠慢教師が口すらもぽかんと開けたまま俺のことを穴が空くのではないかと言うくらいに凝視してきた。
驚く程間抜け面。
「俺、そのことに全く気づいてなかったんですけど……その子に、告白されて」
「ほぉ?」
「そしたら親友が俺がその子に告白されたの見ていたっぽくて……申し訳ないことこの上ない。しんどい……」
だって考えてみてほしい。
好きなひとが一番自分と仲良いひとのことを好きだなんて、その気持ちを考えるだけで胸が苦しい。
もう親友の顔を見れないしまともに話せない。
その親友が恋していた子のことなんてもっと見れない。
しかも同じクラスだ。B組だ。居心地悪い肩身狭いつらい。
……なんて。
「……や……は、待て。おまえまさかそれが動機?」
「だからなんですか」
「おまえあれだろ。恋したことないだろ」
「だからなんなんですか」
そう言った途端、怠慢教師は俺に憐れみの目を向け始めた。
その目がムカつくのなんのって。
したことはない。
したことがないからこそ、目に見えない感情に対して臆病になっている。ただそれだけなのだ。
その親友のことを傷つけたくなかった。
ただそれだけだ。
それらを伝えると。
「そいつ、おまえの親友なんだろ? だったらそんなことで傷つかないんじゃねえの」
「わかんないじゃないですかそんなの」
先生には、わからないだろうと。
遠回しに伝えるように言い放つ。
俺だって親友ならばきっと、と思ったけれど親友であることが今回の出来事を守る盾になるとは到底思えないのだ。
不安で押しつぶされそうになって、耐えられなかった。
「遺書も書きましたよ、昨日付で」
「てことはもう昨日の時点で死んじゃってるってことになるじゃん」
「生きてますね。だから今死のうとしてるんですよ」
「そういやおまえって提出物もよく一日遅れで提出するよな。ドジっ子ちゃんかよ」
「は????」
俺に死ぬ覚悟がなかっただけでドジっ子というわけではないんですけれども。
大丈夫かこのひとの思考回路。
煙草の吸いすぎでニコチンに汚染されてる説、濃厚。
相変わらず俺は柵の外。それでもこのひとは俺の腕をとって止めることなくただただ煙草を吸い終えて暇を持て余しているだけだ。
風が急に強くなった。
身体が若干ふらついても、この怠慢教師は俺をぼんやりと見つめるだけで止めようとはしない。
おかしい─────どうせ邪魔をしたのなら止めてほしいと思ってしまっているだなんて。
心の底で芽生えたそんな厄介な思考を、風と一緒にどこかへ吹き飛ばしてしまいたいな、なんて。
「で、落ちてどうするつもりだ?」
「……途中で意識失うでしょうし……」
「ドラマの見すぎ。こんな高さで意識失うなんてケースは稀だ。それとも、そのごく僅かな可能性に賭けてみるか? 優等生で真面目で怖がりのおまえが?」
ぐ、と踏みとどまる。
たしかにこの高さではちゃんと死ねるかどうかすら危うい。
校舎は四階。地面までの距離は遠いが成功するかどうかも俺にはわからない。しっかりと下を見た途端、急に足ががくがくと震えてきた。
「────“失敗”しても、知らねぇぞ」
「っ」
怠慢教師と言われているにしてはあまりにも生真面目な響きで、思わず息をひゅっと飲み込んだ。
だがその顔も一瞬にして崩れ、すぐに気だるそうな顔へと変貌する。
─────まさか。
『経験したんですか』などと失礼極まりないことは聞けない。
けれど、あまりにも先生の表情が、雰囲気がそれっぽくて。
俺はすっかり、今死ぬ気を失くした。
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