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時が止まったのかと思った。
風の音も、髪が揺らぐ音も、唾を飲み込む音も、先生が俺の頬に手を添えた音も、瞬く間にして聞こえなくなって。
……今、告白……された……?
「おっと? んな硬直されちゃ困るなぁ」
「や、硬直はしてない……ですけど……」
俺が思わず手を口で覆うとそんな俺の反応を面白がるように下から顔を覗き込んできた。
そんな先生が、少し眦を下げながら微笑んだ。
先生の目に映る俺は一体どんな顔をしているというのだろうか。
「綺麗事並べてみたけどさ、俺おまえの顔どタイプなんだわ」
「へ、え……先生ってそういう……?」
「あ、ホモなのかって? 今までつき合ってきた奴に男はいなかったな」
恐らくこれが漫画だとしたら俺の頭の上には大量の疑問詞がでかでかと浮かんでいることだろう。
同性愛者ではないのに俺のことを好きになったということか? しかも、顔?
色々と心臓に悪い。
混乱していると、先生はふっと笑った。
「んな喜ばれるとこっちも照れる」
「や、喜んでないです寧ろ困惑してるんですけど勝手に脳内変換しないでください困ります」
「おお、すげえ早口」
必死になって先生の言葉を否定する。
けど、目の前の怠慢教師はくつくつと喉を鳴らして笑い始めた。
このひとが持っている独特なオーラも相まってネコ科の動物みたいに見える。
「悪ぃな。同性は初めてでちっとよくわかんねえんだわ」
「え、えぇ……」
正直、こうやって同性から好意みたいなものを寄せられることは今までに何度もあった。
俺は美人な母親の遺伝子をかなり濃く受け継いだおかげでどちらかと言うと女顔だ。
身長も低くはないけれど高いわけでもなく、そういう嗜好を持つひとに好かれたり告白をされることがないわけではない。
だからまあ、好意を伝えられるのに慣れてはいる。
けれど。
「えっとー……生徒と教師ですけど……」
「ああ」
「結構歳離れてると思うんですけど」
「24と16だから平気だ」
「俺と付き合ってどうしたいんですか?」
「めちゃくちゃにしてみたい」
「ひっっっっ」
「冗談だ」
「きっつ」
そもそも屋上の柵の内側と外側でこんな会話をしているだなんてあまりにもおかしすぎる。
近い距離にある先生の顔を見つめる。
正直、かなりイケメンだ。
癖があるような顔ではなく、万人受けするようなイケメン。
ほんの少し垂れ目でくっきりした並行二重と、女子が皆羨むような涙袋。先生の左目の下にある、髪で隠れてはいるけどよく見たら見える泣きぼくろ。シャープなフェイスラインに高い鼻……と、顔の造形はかなり完成されていると思う。
優しそうな雰囲気の中から滲み出るサドみが堪らないとクラスの女子が言っていたのを小耳に挟んだことがある。
それを聞いたときはなにを馬鹿げたことを、と思っていたけれど今しっかりと見てみるとたしかに……となってしまう。
そんなひとが、俺を?
「頭打ちつけたんですか」
「しょっちゅう生徒指導の熊崎先生には名簿の角で頭を軽く叩かれるけどな」
「教師が生徒指導の先生に指導されるとかどうなってるんですか……」
しかも名簿の角ってさりげなく超痛いところじゃ……
まあたしかにこの教師は熊崎先生に呼び出しされている。そのたびに叩かれているならば元々とち狂っている頭がおかしくなってもしょうがないか。
「いきなり好きになれとか言われても正直……」
「今すぐにってわけじゃねえよ、だって考えてみろよ。俺は好きな奴と付き合えるしおまえは死ぬ理由がなくなる。最高じゃね? 主に俺が」
「っ、俺はまだ好きじゃないから飛び降りてもいいんですよ」
重心を先生の逆側に向けて落ちようとしたところで、今まで俺に触れることがなかった先生の右手が俺の二の腕に触れた。
すると思いのほか強い力で引き寄せられ、俺は身を投げ出さずに済んだが柵越しに先生と急接近する。
「だーかーら、」
そのまま強い力で思いきり引き寄せられ、気づいたときには既に柵の内側に立っていた。
あっという間だった。
ふわっと、爽やかなシトラスの香りが鼻腔を掠める。
その匂いに頭は支配され、もうなにも考えられなくなるくらい思考を停止される。
そして俺は────この匂いを、知っている。
「俺に落ちろよ」
「……っ」
「……まあ、落ちる気がないなら」
へなへなとしゃがみ込むとそれに合わせて先生もしゃがみ、震えていた俺の手は取られ先生の口元へ。
先生の長くて白い冷たい指が俺の指を搦めとっていく。
「ちゃんと俺が落としてやるから」
「っちょ……!」
このひと……俺の薬指甘噛みした……!
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