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「麻橋 柊羽 。2年B組の担任やってます。担当教科は数学。身長は多分182くらいで歳は24。好きな食べ物は甘いもので嫌いな食べ物は髪とか血とか入ってるお菓子。次男でーす。好きなタイプは椎名律クンです」
「……はぁ」
「そんなあからさまに興味なさそうな反応するなよ泣いちゃうだろ」
「ほんとに興味ないんで。あとそれは絵面的にちょっと無理です」
「おーい」
放課後、なにも言わずにこっそり帰ろうとすると麻橋先生に捕まって数学準備室に引きずり込まれ、今に至る。
対面で向かい合い、何故か先生が唐突に自己紹介をした。
正直とっくに知っている情報だらけだったので(最後のほうの馬鹿げたものは除くけれど)なにか有益になるかと言ったらそうでもない。
そもそも先生を知ったところで、今の俺にはなにも得にはならない。
「ここまででなにか質問は?」
「え、特にないです」
「マジかよ」
だって特に聞きたいこととかすぐ浮かばないし……
そんな俺の心の中なんてどうでもいいかのように、先生は続ける。
「今ならなんでも答えてやるよ。特別にな」
「なんでも、ですか」
「なんでも。一物の大きさも教えてやらないこともない」
「知りたいことなにもないです。どうでもいい」
きっぱりと断ると、何故か先生はしょげた。
……聞いてほしかったのか?
だとしたらかなり変人というか、いや、元々変人なのだろうけどそれよりもかなりやばいというか。
……ああ、ひとつだけあったかも。
先生に訊きたいこと。
「先生は、俺と付き合ったとしてどうしたいの?」
「だからめちゃくちゃにしたいって」
「そうじゃなくて、もっと具体的に」
男同士で付き合ってどうなるのかわからない。から、教えて欲しい。
手を繋いで初々しくデートすることも俺にはハードルが高いし、かと言ってなにもしないのも憚られる。
告白をするだけの度胸があるのならある程度なにをしたいかは決まっているはずだろうと思ってそう訊いてみたんだけど。
少し驚いたように動きを止めた怠慢教師は数秒俺のことをじっと見つめ、口元だけを器用に和らげてから言い放った。
「ほんとうに、具体的に言っていいの?」
そのときは、綺麗な形をした口元にしか目が行かなかった。
けれど、なにかに引き寄せられるように先生の目を見て俺は、少なからず本能で喉の奥がきゅうっと締まったのを感じた。
なにか。それは先生の瞳に隠された、普段なら絶対に見ることのない秘められた感情だった。
それ以上言いようのない、俺はまだ知らないもの。
それを暴いてしまったら俺は、どうなってしまうんだろう。
想像して、少しこわくなった。
「……なんですか、その言い方」
ただの強がりでそう言う。
すると、長い脚を組み直しながら目の前の怠慢教師は獣じみた雰囲気を纏わせながら微笑んだ。
そこには、俺が知る先生の姿はないようにも思えた。
このひとは、本当にぞっとしてしまうくらい顔が整っている。
「俺のことは知りたくないんだろ? だったら、知らないままでいいんじゃねえの」
「……」
俺が知りたいことはないって言ったことをここで出してくるか。こう見えて計算高い、ここでそれを出されるのは少し痛いような気もする。
そうして先生は一度見たら目が離せなくなるくらいの力を秘めた片目を細めながら俺を見つめ、ふっと笑った。
「知ったらおまえ、逃げちゃうかもよ」
そう言い放った途端いつもの飄々とした、なにを考えているのかわからないような表情に戻った。
あっという間だった。
……なに、今の、感情剥き出しの顔。
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