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「俺、男だぞ? おまえみたいな高校生じゃなくて、ちゃんと大人の」
「……はあ」
「だから俺が本気出したらおまえくらい……って、どんだけ冷たい目してんだよやめてくれよ」
あ、急になんの話をし始めるんだと思っていたらそれが顔に出てしまったみたいだ。危ない危ない。
目の前でくるくると表情を変える先生を見て、ひとつの疑問が浮かび上がってきた。
「先生は……その」
「ん?」
「教師と生徒だっていうことは、わかってるんですよね?」
ふと、不安になった。
歳の差もある教師と生徒。しかも男どうし。
元から受け入れる気がないとは言え、あまりにも弊害が多すぎてこちらも簡単に先生の告白を受け入れるわけにはいかないのだ。
もし、ばれたら。
どうなるかはもう目に見えている。
先生はそのことをわかっているのだろうか、と。
あまりにも考えていることが軽すぎるのではないかと思ってしまう。
俺がそう考えていたにも関わらず、先生はすぐに言葉を放ってきた。
「だからどうした」
「……は?」
「教師と生徒だからなんだ。俺は確かに教師という職業ではあるけれど、教師と生徒が恋愛してはいけないという決まりなんてあるのか?」
どこか得意げに、顎を引いて腕を組みながらやや挑発するようにそう言ってきた。
このひとは元から教師と生徒だという関係性を邪魔だと思っていなかったということだと思う。
それどころか、その様子だとこの関係性を利用してみようという試みすら伺える。
麻橋先生は俺が今まで会ったことのない人種だ。
こんなに表情が変わるのに、その顔の奥でなにを考えているのかはさっぱりわからない。
きっと、表情と思考がイコールで結ばれていない。
「別に、先生を好きになるなんてことないと思いますけどね」
俺はノーマルだ。同性を好きになる趣味なんてないし、そんなリスクだらけの恋愛をできるほど強い精神でもない。
先生には申し訳ないけど、好意だけ受け取る。
好意を可視化した交際という行動には至らない。
……真正面から断ったはずなのに、先生は落ち込む様子は一切見せず、それどころか俺を煽り立てるような顔をした。
「いや、いつかおまえは絶対に俺しか考えられない身体になるよ」
「……どうして」
「俺は、おまえが欲しくて堪らないものをおまえに注ぐことができるから」
どく、と心臓が大きな音を立てて跳ねた。
俺への警鐘かのように主張を始めるそれは、俺がこのひとは危ない、と訴えかけてくるもののように思えた。
────一度このひとに捕まったら、足を搦めとられてきっともう逃げられない。
先生は俺の顔を見て、にやりと効果音がつくかのような顔で、笑う。
なんだかこのひとがこうやって調子に乗っているのが無性にむかっとしてしまった。
俺ばかりが翻弄されるのは少し気に触る。
自殺を止めてくれた“お礼”に。
宣戦布告でもしてやろう。
「ねぇ、せんせ」
「なんだー」
立ち上がって、机越しに先生を見つめて手を伸ばす。
なにをされるのだろうかと身構えている先生の、制服とよく似た紺色のネクタイをがしっと乱暴に掴んでみる。
そして先生の顔が少しだけ歪むまで引っ張って。
「俺は、そんな簡単には落ちないですよ」
「……」
「せいぜい、奮闘していてください」
ぱっとネクタイを離すと、先生が少しの間だけぽかんとしつつもすぐに元の気だるげな表情に戻り、歪んだネクタイを直すのも面倒なのかしゅるっと勢いよく解いた。
外されたボタンの間から白い肌とごつごつした鎖骨が覗く。
ネクタイを乱暴に机の上に置き、背もたれに両腕を乗せながら先生がはぁ、と息を吐いていた。
「おまえ、最高だな」
「そうですか、それはよかったです」
「心臓に悪いって。やめてくださいもっと惹かれてしまうので」
「ちょろ」
「失礼だな純情だと言え」
あんたに一番似合わない言葉だろそんなの。
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