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 あ。  ここでやっと思い出した。  本当に聞きたかったことを。 「あの、麻橋先せ……」 「あ、いた! 律!」  先生の名前を呼ぼうとした途端にがちゃりと勢いよく数学準備室の扉が開いた。  ついびくっとなったが、聞き慣れたその声に顔を上げるとそこには俺の友人が立っていて。  どうしてここにいるのがわかったんだろう。  そして、どうしてここに来たのだろう。 「忘れてたか? 今日ミーティングのあと自主練あって、一緒にやろうって約束してたこと」 「……あっ」    忘れてた。 「ったく、勘弁しろよな〜。……あーすみません先生、話の邪魔して。律もらっていきますね」    俺の鞄をひょいと持ち上げて、そそくさと数学準備室を出ていってしまった。  思わずぽかんとしていると、先生ははっと思い出したような顔をして言った。 「ああ、今のはあれか。爽やか系男子の名取(なとり)優馬(ゆうま)クンか。確か同じ部活だったな」 「はい。すみません、すっかり忘れてました」 「それをすっぽかしてまで俺といたかったって解釈していい?」 「……あーもう勝手にどうぞ」 「よっしゃ」  なんか違う気がするけれど。  いくつも歳が離れたこのひとがあまりにも無邪気に笑うものだから、嫌味っぽいことを言うのは我慢した。    しまったなぁ……にしてもすっかり忘れてた。  それほどこの怠慢教師との間に起こった出来事が強烈だったってことにしておくか。 「わざわざ俺のために時間を作ってくれてありがとうございました」  頭を下げ、先生の時間を取ってしまったことをお詫びするよりはお礼をした方がいいかと思ってそう言うと、先生が近づいてくる気がした。  視界に先生が履いている靴が見えたかと思えば、頭をぽんぽんと撫でられた。 「ちゃんとお礼が言えるとこ、素敵だな」 「……子ども扱いしてます?」 「いーえ。寧ろ俺こそおまえの時間を取っちゃってごめんな」  何度か優しく撫でてから惜しむように俺の頭から先生の手が離れていった。  顔を上げてみると、先生は俺が予想してたよりもずっと優しい顔で微笑んでいて。 「……っ」 「お、どうした。惚れたか?」 「うるさい!」 「危ね!」    空気を読まない発言をかまされたものだから、鳩尾を殴ってやろうとしたら難なく先生は俺の手を掴んだ。  ていうか屋上で俺を持ち上げた時点で思っていたけど、このひと力強すぎ。  見た感じは全然筋肉がついてなさそうな身体なのに。  あとさりげなく腕掴むな。離せ離せ。スキンシップを取ろうとしてくるな。 「……で、さっきなんか俺に言おうとしてただろ。どうした?」 「えっと……長くなりそうなので、またいつか」 「わかった。部活頑張れよ」 「はい。失礼しましたっ」  思ってるよりも素早く解放してくれたので、さっと一礼してから数学準備室を後にした。  扉を開いてすぐ横に、優馬が立っていて。 「……会話聞こえてた?」 「先生の危ね! て声だけ聞こえてきた」 「ならいいや」 「おー。行くぞ」 「荷物」 「いいよ俺が持つ」  会話を全ては聞かれてはなかったみたいだ。よかった。  荷物を持ってもらっていたままだったので受け取ろうとしたけれど、その荷物が俺の手に渡ることはなく。  申し訳ないな、とは思ったものの甘えさせてもらおう。 「麻橋先生ってめっちゃかっこいいよなぁ、口を開いたら残念だけど」 「あー」 「この前急に廊下で話しかけられてさ、なんだろうと思ったら性癖訊かれたわ」 「……なんて答えた?」 「首絞め」 「うっわおまえ絶対あのひとと同類だ」

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