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 別の汗が流れそうになるのを必死に堪えて目を逸らしていると、先生が口を開く。 「さすが優等生だなぁ?」 「……」  優等生を強調するあたり、嫌味ったらしくて無性にイラつく。  けれどここには優馬も爽介もいるため、顔に出すわけにはいかずに苦笑いをするので精一杯だった。  すると、先生があたりを見渡す。  もうすっかり暗くなってしまった。 「もう暗くなったから早く帰れ。気をつけるんだぞ、特に優馬」 「なんで俺なんですか!」 「おまえ危なっかしいだろ。爽介もちゃんと見張っとけよ?」 「任せてください。日頃から子守りしているので」 「俺おまえの息子じゃねえよ!」 「息子とまでは言ってないだろ!」  ……と、ふたりがコントみたいなやりとりをしている中、ちょっとした違和感を覚える。  俺のことは優等生とばかり呼んでいるけど、このふたりのことはちゃんと名前で呼んでいるとは。  まさか俺の名前覚えてないんじゃ……? いや、でもフルネームでは呼ばれたしな……  そもそも俺と恋愛しろとか言ってるくせに、そんな素振りは一切見せないし。  なんなんだ、なにがしたいんだ。  ぐるぐると思考を巡らせながら考えていると、気づいたら先生が車のキーを握っている手を振って離れていった。  それと同時に、爽やかなシトラスの香りも遠ざかっていく。  本当に……なにを考えているのかわからないひとだ…… 「俺、久しぶりに先生とちゃんと話したな」  自転車の鍵を探しながら、爽介がそう言った。  優馬が先生と話しているのはよく見るけれど、たしかに爽介が話しているのは見たことがないかもしれない。 「相変わらず気さくだな。いい意味で先生と思えない。近所のお兄ちゃんみたい」 「あとイケメンだよな。この高校若い先生多い方だけどそん中でもダントツで顔整ってるし」 「教えるのも上手い。周りの奴らはノートあんまり取ってないけどな……」  ふたりが先生を賞賛するようなことばを次々並べていく。  それよりも俺は、優等生呼びがどうも引っかかっていたのだ。  こんなことで気になってしまうなんて単細胞かもしれないけれど、それでも。  何度考えても答えにたどり着けそうにないし、わかるはずがない。  うーんうーんとひとりで唸っていると、急に爽介が話しかけてきた。 「な、律」 「え、なに?」 「律は毎回先生の授業の時真面目にノート取ってるよなって話」    そんな話をしていたのか。全く気づかなかった。  集中しすぎると周りの声が聞こえなくなるのを直さないと、また変なことになりかねない。 「まあわかりやすいし……」 「あの先生が優等生って言うくらいだもんな。俺らも見習わないと」 「いや爽介は十分頭いいだろ。問題は俺じゃね?」 「優馬はまず一年生の復習から始めた方がいいと思うな」 「なんも言えねえわ」  そんなふたりの掛け合いを、俺は笑いながら聞く。  話し手は正直得意ではない。  どちらかと言うと、聞き手のほうが好きだ。  特にこれと言った理由はないけれど、強いて言うなら話すのが上手いほうではないから。    要領よく話すのは得意だけれど、ひとを楽しませたりだとか笑わせることは苦手だ。  だから、女の子とふたりきりになったりしても会話をリードしたりさらっとかっこいいことを言ったりはできない。できないというより、しない。    ……このことを言っても、爽介は『律はそのままの律が一番いいんだよ』と言ってくれるだけだろうけど。 「優馬はやればできるんだからさ。まずはシャーペンを持つことから始めなよ」 「ふふっ……俺はシャーペンに嫌われてるからさ……」 「馬鹿げたこと言うなって。見ろよ律の冷たい目」  おっと、気づいたら優馬のことを冷たい目で見つめていたみたい。 「律ぅ、そんな目で見るなって……俺が泣いたらどう責任持つんだよ……」 「責任もなにも勝手に泣いとけよ」 「酷いわ! もう!」  メソメソとへったくそな泣き真似をやり始め、俺はそれを無視して自転車の鍵を穴に差し込む。  そんな厄介な優馬を爽介が面倒くさそうに慰めているのがいつも見ている光景だったりする。

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