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「はぁ、なーんか色んな欲を掻き立てるよなおまえって」 「え、なんて?」 「なんでも。ほら、今は赤信号だから止まろうな」  気づいたら高校の一番近くの信号まで来た。  ここまで来ると俺と同じ制服を着た生徒がちらほらと見られる。  先生と一緒にいるのを目撃されるのはまあまあな辱めだけれど、そんなに俺のことを知っている生徒は少ないだろうから別にいいか。    大通りの信号のため、それなりに待ち時間は長い。  かなり多くの車が通っていて、中々青には変わらなさそうだなあなんて思っていると、未だにベストを掴んだままの先生の手が何故か腰に移動する。  そのため、さらに身体が先生に近づく。 「……えっと、先生」 「ん?」 「そろそろ手を離してほしいんですけど……」 「やだなー」  目が合わない。    先生の目線は行き交う車に向けられている。  なんだろう、この不思議な違和感は。 「んー、結構長いな」 「長いですね」 「暑いな」 「そうですね」  会話のキャッチボールが速攻で終わる。  なんだか申し訳ない気持ちもあるけれど、少し変な感じがして先生の様子を探ってしまう。  疑問に思っていると、信号が青になった。  歩き出そうとしたところで、さらに腰に回された腕の力が強くなる。  いや、なんでだ。  絶妙に擽ったい。しかもなんだかムズムズするというか、視線を感じる。  そりゃ男ふたりが真夏にこんなに密着して歩いていて、しかも教師と生徒なんだから注目を浴びてもおかしくないだろう。  腰のムズムズした変な感覚に耐えながら信号を渡り終え、やっと先生の腕が解放された。 「ふぅ。ごめんな」 「なにがですか?」 「ちょっとくっつきたい気分になって」 「俺先生の彼氏じゃないですよ」 「どっちかと言うと俺が彼氏側だしな」 「……」  あ、駄目だ。  完全に暑さで頭やられてるなこれは。    俺がどうにかできる問題じゃないからもう放っておこう……対処不可能だ。    じんわりとかいた汗が首を伝う感覚がなんとも気持ち悪い。  太陽の眩しさに目を細めると、先生が隣で「あっつー」とぼやきながらワイシャツの襟を掴んでぱたぱたと扇いでいた。 「先生、暑いの苦手ですか?」 「苦手。寒いのも苦手」 「そういえば暑いときはたまに授業さぼりますもんね……」  休み時間が終わっても先生が来なくて、呼んだほうがいいんじゃないかとクラス代表が困惑していたら、先生が生徒指導の熊崎先生に連れられて来たことがあった。  授業に遅れた理由が、涼しい職員室から暑い廊下に出るのが嫌だったからと説明された時はこのひと頭いかれてるんじゃねえかと思ったけど、きっとB組の生徒誰しもが思ったことだろう。  それでも麻橋先生ならしょうがないか、という雰囲気だったし俺もあの怠慢教師ならしょうがないかと思っていたので気にはしなかった。  生徒にそうやって思われている時点でなめられまくっているはずなのに淡々と授業をする先生が一番恐ろしい。  この前なんて授業に十分遅れた挙句「最近煙草が値上がりしている件について」というふざけた題材で十分間スピーチを始めやがった。    『煙草に火がついて灰になる度、俺の肺も財布の中身もスカスカになるってな、ははっ』と言ったときのクラスの最悪な空気を未だに忘れない。おれはせんせいをゆるさない。

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